第六十一回
「それでは、みなさま」
仇討ちイベント終了を告げるかのように、まだしつこくミーシャの顔に「バカ」とか「ダメ系」とか「みみず属性」とか書いている坤若丸をいさめるかのように、銅鑼衛門きっぱりはっきり宣言す。
「ほんらいのもくてきをわすれてはならぬ。……さあ、おろしあのしょくん、しんじゅろうどのを、かえしてもらおう」
すらり、と手タレ並みに粋な掌ひるがえし、今にも刀に手をかけん気配。
ぐ、と押し黙る逆賊勢。多勢に無勢。
されども人質ここにあり。
銅鑼衛門に見とれっぱなしのユーリャ、ミハイルに小突かれて慌てて携帯コントローラー握りなおす。
道産子カナビスの積荷に向かってぶつぶつ一人コントを繰り広げていた真珠郎、操られるままふらりと出てきてユーリャの横に直立不動。
「真珠郎さま!」
哀しいほどに細く透る小袖の悲鳴が赤レンガ倉庫の高い天井に反響する。
群集からまろび出るお江戸の可憐なお女中の、ひたむきな視線が恋人の姿に注がれる。
真珠郎さま、なぜにそのようなぽかんと阿呆丸出しのご表情で。乱れた衣装も歪んだ髷もそのままに、いったい、何があったの。
小袖の狼狽見つめたユーリャ、勝ち女子の誇らかな笑み見せて唇光らせる。
「ほほ、あんたはこの男の恋人かしら? 残念ね、すでに彼は私の可愛らしいペットなのよ。何でも言うことをきくのです」
ぷちり、と押す指令ボタン。飛ばす電波は楽しい踊りの三連コンボ。
ナノマシンに脳を掻き回される真珠郎、一瞬ラップのリズムで躍り出て、いざとパ・デドゥ・トゥ華麗な爪先。ベリーダンスで腰をぶるぶる震わせる。
「ほほほほ。見たでしょう。この男はもう私の言いなりです。腹を切れと言えばそうするでしょう。そうさせたくなければ、日本人ども。おとなしく私たちの要求をきくのです」
絶望的な眉間で真珠郎の様子を見た小袖の赤い唇が、きり、と引き結ばれた。ふつふつたぎる闘志と嫉妬。
「いやー! 真珠郎さま、そんな女に操られてフケツ! 不倫! 不義密通! この浮気もの、これでもくらえー!」
目にもとまらぬ速さでびしびし袂から繰り出される根岸流手裏剣術。
卍の手裏剣のひとつはカナビスの箱にずばりと突き刺さり、中から乾燥大麻ばらばらざくりとこぼれ出す。
ひとつはへらへらしている真珠郎の額にがっつりヒット、哀れな若年寄はにゃーん、と呟いてぐらりと崩れ落ちる。
第六十二回
咄嗟に身をひねったユーリャの手元のコントローラー、小袖の手裏剣に弾き飛ばされ ばきんと奥の壁に激突。
衝撃でスイッチがオフになる。
うわー可愛い娘さんがキレたー! と、唖然見守りたる群衆 焦っておのおのの武器を抜く。
「ぬ、これはいかん」
叫んで剣を抜くミハイルに呼応して、銅鑼衛門もじゃきりと名刀を構えた。
「せいばい」
ちゃちゃらーん。ちゃらら、ちゃららーん。
そんな戦闘モードのBGMこそ鳴らぬものの、その場にいる者みなすべてがわあわあわあ、我こそはと突き進み敵と斬り合い取っ組み合いファイトし始める。もうもうたる戦塵。血煙。闘魂の刃。
戦いがはじまった。
衆で数に勝る日本勢がじりじりとおろしあ勢を奥に追い詰め、瞬時優勢かと思わせたが、やがて倉庫の奥からカラシニコフ突撃銃を持ち出した逆賊が武器を構えてじりじり押し返し、あぶなき乱射に民の肝を冷やす。
「飛び道具とは卑怯なり!」
まだ油性マジックを構えた坤若丸が高い声で叫ぶが、聞いちゃあいないせっぱ詰まったおろしあコマンド、つぱぱぱぱぱ、とセミオートで威嚇射撃しながら襲い来る。
「真珠郎さま!」
大混乱の真ん中で、小袖床を這うように恋人に近づく。
「こ、小袖……」
ぶっ飛んだコントローラーの支配をようよう逃れ、額から噴き出す血と漿液に脳圧を緩和され、なにげに正気に戻った真珠郎が人々の走り回る足を避けて這い這いして来る。
「真珠郎さま……」
「小袖!」
ようやく相対したふたり、手を差し伸べてお互いの掌をきつくきつく握り締める。ずりりと這って向かい合う。恋人の体温が感じられる位置で。
「すまぬ、小袖。それがしはおろしや軍に操られていたのだ……」
小袖涙のにじむ頬に、真珠郎の手をそっと引き寄せる。
「よくぞ、ご無事で……」
あんまりご無事じゃない真珠郎は、小袖の手裏剣に刺された額からぴゅうぴゅう鮮血を噴き出させながらも、愛らしい娘の瞳をしっかりと見つめる。
「そなた、このような危険な地まで旅をしてきたのか」
「ええ、だって、真珠郎さまのためですもの」
ひしと抱きあうふたり。桃色の霞に包まれた恋人たちのまわりで、戦乱がごうごうと火を吹き盛り上がりヒートアップしまくっている。
「あぶねぇ! て言うかチョあぶねえし! 銃とか、普通に死ぬしヤベェ!」
胴間声で叫ぶ佐如介に、だらだら出てくる日本の軍勢、うわあ、とうろたえ下がり始める。
きんきんかんかん、と敵をみね討ちに倒し続けていた銅鑼衛門も、ぴしりと空を切り飛び交う銃弾を 悔しく睨んで劣勢の気配。
第六十三回
「む、このとびどうぐ、いかにすれば……」
またタロットでも引きそうな様子で半身を下げるひらがなざむらい、そこに突然凛と轟く声を聞いて、は、と居住まい正す。
戦塵突き抜くその声は。
「むっちゃムカつく夷敵の叛乱……」
「何としてでも捨て置かじ……」
「やって来ましたお江戸から」
「ここなお待ちや日露の民兵」
「とうとう出てきた真打ちよ」
「充溢するのは幕府の恩寵」
「銃に頼るとは卑怯なり」
いちおう数え歌踏んでるらしいが、面倒くさいのでもう後述しない。
「我ら、ヨシノブ戦隊・ショーグンジャー!」
はっ、と散った目明し姿のヨシノブズ、華麗に見栄をきって参戦を宣言する。
うわー、ヨシノブズ、出たー! ぎりぎり負けかけた代表戦の交代で大久保嘉人でも出てきたかのように日本勢は歓喜し、全員が拳を突き上げて一回ジャンプしたために倉庫の床がどおんと揺れた。
突如あらわれたそっくりフォルムが十六人、グルーヴイジョンズのチャッピーもかくやと思わるる岡っ引きに、おろしや軍はあっけにとられて硬直す。
すぱすぱと一斉に弓矢が飛んだ。本家ヨシノブ様お得意のやぶさめを受け継いだ、クローンたちの見事な乱れ射ち。
敵の手もと正鵠射たり、ぎゃ、とか、う、とか叫ぶ声して取り落とす、あぶない兵器ががらごろ床に転がる。
その足もとを掠めるように、ましらの様な影がついと駆け抜ける。おそろしい手の速さでさくさく銃を拾い集めるは伍空。
「わー! これオラんだ! オラが拾ったからこのかっちょいい銃はオラのだぞぉ!」
嬉しげに何丁ものカラシニコフを高々と掲げ、基本的に物事を間違ったタリバンの兵士みたいな格好でキント雲に乗りぴゅうと飛び去る。
第六十四回
ヨシノブズ、伍空、という、常識も因果律も無視したキャラの登場に 目を白黒させたまま突っ立つおろしやの勢。
ミハイル、ユーリャに残り十人足らずの気抜けた残兵、圧倒的な五千人以上の日本勢を前に、ほぼ丸腰の敗色濃く見せ立ち尽くす。
「さて、どうする」
じり、と寄った銅鑼衛門、声に情けの気配ブレンドして言う。
「そのようすではたすけもなかろう。いのちごいでも、いたすのか」
髪をざんばらに乱し、巨躯を震わせきっと銅鑼衛門を睨むミハイル、底から漲る男のパワーをぎりぎり滲ませ、言い放つ。
「貴公に、お手合わせを願いたい」
なんと……、と呟くひらがなざむらいに、異人とは思えぬ端正な所作で一礼をする。
「儂らに後はない。歌舞伎座、函館と二度もの敗退を繰り返しては、ろしや政府も我々を見限り、国に戻っても粛清が待っているだけであろう。
……どうにか、ここに残る仲間だけでも他国に亡命させたい。
二度と、彼らには日本に手出しをさせぬ。儂がそれを誓おう。
貴公と手合わせして、もしも儂が勝ったなら、残りの者を逃してやってはくれまいか」
ほう、と息をつく銅鑼衛門。
あの外人なにげにカッコよくね? と囁きあうお染とまりん。
判官贔屓大好きな日本の勢も、おお、そいつぁ豪気、さむらいだ、一度のチャレンジ許してやんねえ、と盛り上がって手を叩く。
ひらがなざむらい、あちこちに散るヨシノブズに目で許可を請う合図を送る。
幕府から遠く離れた今、クローンと言えどもヨシノブ様の御判定は必須。
本来判断を司るべき若年寄の真珠郎は額から血を流したまま、小袖とひっしと抱き合ってラララ愛の世界に没入している。
ヨシノブズ、十六人が強くうなずき、にこりと日の差すような笑みを見せた。
「よろしいんじゃないでしょうか」
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