第六十六回

 上様代理の許しを得て、ひらがなざむらい最後の決戦。
 不思議なポケットから「合格」と染め抜いた鉢巻取り出し、額にきりりと巻きつける。
「いざ」

「うむ」
 対峙するミハイル、草履の足もときゅきゅうと踏みしめ、半身引くように大刀を低い位置に構える。

「ほう」
 柔らかな笑みを口元にのぼせながらも、一ミリの隙も見せない銅鑼衛門。さらり素早く太刀を抜きつつ静かに力をためる。
「みたこともないかまえ。そなた、どのようなけんをつかうのであろう」

 てふてふのように軽く立ち位置変える銅鑼衛門に相対し、ざっくと深き足取りでポイント詰めながらミハイル応じる。

「択捉焼山・火砕流剣術である」

 そんな流派は知らん知らん、と呟きつつも日露のギャラリー、ずいずいと壁際ににじり寄って対決の場を空ける。
 まだラブの世界に入っている真珠郎と小袖は、坤若丸がつま先で蹴りだして端っこのほうにぐいぐい寄せる。

 その様子を一瞬目の端で見て笑った銅鑼衛門の懐に、びゅう、と強い風のようなミハイルの刀が飛ぶ。
 ふわ、と風圧に押されたように下がった銅鑼衛門、とんと軽く地を蹴ってのびやかに空を舞う。

 いろはにおえど、と薄い声が天から降り、
 さん、と空中一回転してミハイルの死角に入った美剣士、

「ちりぬるを」
 着地とともに剣跡が閃く。

 ミハイルの足元にはさり、ばさりと、その着物の袖が落ちた。

 う、と呻いて体を反すミハイルが横薙ぎに地を這う剣筋。コンマ一秒の反応。
 その場にいる誰もが、ひらがなざむらい踝斬られたり! と息を呑む。
 おおお、と声にならぬ息とともに矢をつがえかけたヨシノブズに、さらりと大きく手を開いて押しとどめる銅鑼衛門、テレポーテーションめいて既にミハイルの背後。無事。無傷。

「わがよだれぞ……」みねうちに軽くミハイルの後頭部を討つ。
「つねならん」

 圧倒的なスピードの差にかっと顔面朱に染めるミハイル、鋭く空気を裂く剣の先にまたしても銅鑼衛門は見えず、

 だん、とん、と意表をつく方向からカナビス積荷を踏んでジャンプ、
「ういのおくやまきょうこえて」

 だん、敵の懐、キスでもできそうな位置にきらり立つ銅鑼衛門。剣の刃面をきつくミハイルの喉元に、頚動脈ぎりぎりの位置に止めて真っ向から立つ。

「あさきゆめみじ」一瞬で首がずばり、の気配見せて微笑む。
「よいもせず」

 決定的であった。

 かあ、と息を吸い目を見開いて刀をがらんと落とすミハイル、じりとも動かず笑んで剣を構える銅鑼衛門、

 ギャラリーは思わず携帯開いて記念のフォト撮影。ぱちぱちフラッシュが瞬く。

第六十七回

「貴公、何者だ……」
 ぜいぜい荒く尋ねるミハイル。

「ただものよ」
 すいと剣を引き、ながらもいつでも瞬時に斬ってフィニッシュ、な気配横溢ひらがなざむらい。
「わかどしよりどののれすきゅーをうけおった、ただのるろうのけんしでござる」

「何故だ?」
 ミハイル、ごく人間らしく嗄れてひび割れる声尖らせて、
「何故この国の民はそこまで幕府に義を通せるのだ? そこまでの腕があれば、どんな栄転出世でも可能であろうに。世界支配もできるやもしれぬのに」

 大和魂だ! とピースして叫ぶ真珠郎を小袖が小突き、また自分だけ見つめさせるモードに戻す。

「そなたこそ、なぜこのくににてをだすのか」
 にっこり笑って言う銅鑼衛門にちょと顔赤らめたミハイル、ずんと息を吸って言い放つ。
「何となくかっきりまとまって、安穏の世を送るこの日本が許せぬだけよ。
……見るが良い、今の西欧社会を。はめりかが文化と政治の覇権を握り、この星まるまるを手に入れようとしておる。……他の文化圏や国は存在しないとでも言いたげなあの国、憎し。
 はめりかの庇護のもとに閉鎖社会を生きるこの日本を、まずは手に入れてやろうと思っただけだ」

 ほう、と、面白そうに銅鑼衛門。すいとあっさり刀をおさめる。
「はめりか。しらぬなあ。それがしはただ、おのれのこころのことわりのままに、いきているにすぎぬ」

 すでにがくりと膝をつき、降参フォルムで床を眺めている敵を首を振りつつ見つめる。

「そなた、くにのうらみにいきるのは、ほんとうにそなたののぞみであろうか」

 出し抜けに大義を見失い、個の確立を突きつけられたミハイル目を見張ってひらがなざむらいを見上げる。

 そこに、

 びっちり状況断ち切る現実からのダメ出し音声。

「御用だ御用だ!」
「だめじゃないかだめじゃないか!」

 江戸幕府より派遣された与力同心、ようやく地下通路を発見&チェイスして赤レンガ倉庫に十手振りかざし飛び込んでくる。

「幕府の機密・ヨシノブズの北上に伴った人民はすべて反逆罪でお縄であるぞ! 神妙にせよ!」

 わあわあとギャラリー逃げ惑い、意味もわからず兎に角逮捕すべしの指令に支配された与力たち、十手とさすまたで無力な人民追い回す。

「みよ、これを……」

 振り返る銅鑼衛門。
「このくに、まとまっているようでまとまってはおらぬ。
 かのように、いざとなればけんりょくふりかざしてしそうとうせい。きくんのくにと、なにがちがうのか」

 ぬ……、と重く考え込むミハイル。

 視線の先では与力に追い回される人民が逃げ惑い、機を見て反撃。とお、とか言って猫パンチめいた弱い拳を振り回している。

 時にかかか、と矢を射掛けて一般ピープルをフォローアップするヨシノブズ。

「権力と、民衆。その構図は、いかに美々しく見せてもまったく変わらぬ縦社会の腐れた圧力。この国も、やはりそうなのか」

 ミハイルうなずき、ごお、と竜巻巻き起こりそうな声音を張り上げて指示を出す。
「こちらだ、貴君ら! そのような幕府の手先にやられてはならぬ。日本の皆も、ろしやの先兵も、兎も角ここを脱出であるぞ!」

 びりりと音声にうたれた混乱民衆、一丸となってミハイル指し示す出口に向かう。


 大混乱。

 ええじゃないかええじゃないか、と叫びながら、どやどやもつれて出口に殺到する日本軍。
 分の悪いおろしあ勢もなんとなく打ち混じり、ろしやが負けてもええじゃないか、日本に呑まれてええじゃないか、などと弱気百パーセントの台詞を吐きながら追随するええじゃないかええじゃないか。

 だめじゃないかだめじゃないか、と言い募り追いすがる幕府の与力同心、時にヨシノブズに矢を見舞われてう、とか倒れてまた生き返って立ち上がりつつ、とにかくお役目まっとうするため逮捕マシーンになって迫り来る。

 よく見ればすでに遊んでいるヨシノブズの矢の先はきゅっぽん吸い付く吸盤で、人死に望まぬ平和な配慮の威嚇武器。だめじゃないかだめじゃないか。

第六十八回

 どどお、と港の通りに噴出したごちゃごちゃ軍勢、の最中にまたややこしく、函館名物イカ踊りの練習をする無関係な隊列が突入する。手揚げ足並み舞いすべらかにイカのデモンストレーションしつつ烏賊イカ烏賊イカ烏賊おどり。

 もはやカオス。

 ×××に紙貼れ取れたらまた貼れどうでもええじゃないかええじゃないか、烏賊烏賊イカイカ烏賊踊り、だめじゃないかだめじゃないかお縄につけぃ、ごたごたの渦の中で呼び交わす声も錯綜、真珠郎さまー! 小袖―! パトラッシュー! 銅鑼衛門さまあああおーいハニマル、おーい中村くーん、烏賊イカ烏賊イカ。滅茶苦茶。

 サイトにリンク張れ切れたらまた張れどうでもええじゃないかええじゃないか。

 どうしようもなくなった混沌に一筋の明るき声。おーい、おおーい。

 ギャグ漫画の喧嘩シーンのようなけむり雲のもうもう立ちたる中から、はっと目を見張ってひらがなざむらい見つめるは、波止場にずんずん入港したる三千トンの優雅な白い船。

 舳先に上様。見た目質素で実質豪華な旅装束に身を固め、全国人気ナンバーワンの底抜け笑顔で大手を振る。

「あっ。お兄ちゃんだお兄ちゃんだ」
 十六人のヨシノブズが、本玉見つけて同じ笑顔でわいわい叫ぶ。

「ぬ、するとかのじゅうろくめいはうわさのくろーん。して、あのおかたはしんじつの」

 はっ、と平伏しかけて騒ぎの中ではまんじりともせず、すぐに身を起こして船に駆け寄るひらがなざむらい。
「うえさまー!」

 なにい、と一斉に振り返る日本の民衆。おろしやチーム一瞬ぎらりと目を光らせるが、大勢に呑まれははあと仰ぐ。

 ぴかりと輝く、真の将軍カリスマオーラ。

 無力な人民を追い回していた与力同心、状況腑に落ちぬままヨシノブ力にうたれて硬直、その場でばばんとかしこみ土下座。

「将軍様! いったい、なぜ、そこに」
 小袖をお姫様抱っこしたまま逃げ惑っていた真珠郎、近づく船影にびりびり叫ぶ。

「はは、諸国漫遊の旅であるぞ」
 ヨシノブ様にこやかに大きくガッツポーズ。

「面白い、おもしろい。城下はメカのからくり人形に任せてきたぞよ。あんなものでも、まあ幕府はどうにかなるであろう。世はほんものの世界を見たいのだ。行く旅先こそが世の胸を揺するのだ」

第六十九回

 ずずずと波を巻き上げて、堂々入港その船舶。

「して、そなたたちは何を楽しげに騒いでおるのか。面白そうだ。世も混ぜてくれぬか」

 っつうか戦ってるんですヤベェっすよ将軍様、逃げねえと、オレら後ないしー、喚く佐如介の背後で黒煙。ぼう、と赤レンガ倉庫が燃えあがる。

 脱出の混乱で誰かが倒したらんぷが着火、倉庫に積み残された乾燥カナビスがぼうぼうと炎巻き上げる。

 うわあ、と叫んで港側に逃れる民衆、すでに火事の勢いぱちぱちと。火の粉巻き上げ炎の舌が周囲を舐める。

「おお、火事であるな。火消し頑張れ」

 ヨシノブ様のお達しに、追随部隊に打ち混じりた火消しの衆、慌てて纏を突き上げて、延焼阻止せよと勇ましく、防火槽見つけてどしどし放水アクション。

「ほほう見事だ。天晴れ天晴れ」

 上様コールに嬉し涙の火消しコマンド、延焼くい止め息つくものの、ぼわりと燃えたる大麻の煙、怪しき雲となって上空支配。

 そこに、シベリア寒気団由来のジェット気流。高空さらう強き風。

「あ゛ーーーーー」

 濁点つけて思わず叫ぶ人々の声に押し流されるように、ぼわりと飛んでいくカナビスの雲。

「ま゛ーーーーー」

 有効成分THCをたっぷり含んだラリリの雲、思いっきり江戸方面に向かって吹き流されていく。

「大丈夫か、あれ」
 呆然呟く佐如介に、お染まりんも呆れて応じる。

「まあ、薄まって消えるだろうけどね。あれでこの国がなにげにハイになっちゃったら、それはそれで面白いし」

 おたおたと怪しき煙の行方を見守ってたたらを踏む与力たちに構わず、十六人のヨシノブズ次々船に乗り込んでいく。

最終回

「おーい、皆は、世とともに行かぬのかー」

 のんびり陽気なヨシノブ様、泰平のナイス笑顔で呼びかける。

「どこにむかいまする、よしのぶさま」
 ひらがなざむらいの呼びかけに、

「ははは、わからぬ。風の向くまま気楽に行こう。世はすでに、この国には用はない。人をコピーして増やすような政策、文化に果たして先はあるだろうか」
 ぱっと扇を開いて打ち振る。

 ぞろぞろ寄ってくるクローン眺めて、
「いかぬなあ。……諸君らもオリジナリティが足りぬぞよ。同じ遺伝子でも、別々の人間。個性化の道を歩むために、さあ世とともにまだ見ぬ世界に船出しよう」

 おお、オラわくわくしてきたゾ! 一声叫んで船のタラップぴゅうと上がる伍空に続き、
 いいね、カッコいい。あたしらも、ぜひお供! ノリの良いお染とまりんも駆けていく。

「ははは、さすがはうえさま。おられるところにくにができる。しすてむなど、しったものか」
 かっきり笑って歩みだす、残照きらめく衣装のさむらい、その手の先がミハイルの、毛織木綿の袖口つかむ。

「な、なに……。儂も、儂らも、行ってよいのか」
 どきどき魂消るろしあの首謀、銅鑼衛門のまぶしき笑顔に目を細める。

「なあに、かえるさきがないのであろう。それならば、ともにいこう、あの、じゆうなうえさまとともに」

 目の縁あつくしたミハイル唇噛み、おろしあ残党にヘイヘイついて来い! の身振り。
 戸惑いながらユーリャも、よるべなき赤いきつね団も、ぞろりとステップ踏んで付き従う。

「おっ、あっしらも!」
 五千余りの日本勢、まだ平伏している与力同心をその場に残して、どうどうとひらがなざむらいの後を追う。

「わたくしたちも」
「良いのか、小袖」
「あなたがいれば、いずこも都」
 幕府に帰れば面倒くさい詰問やリストラが待っていそうな真珠郎、恋人の言葉に心強くしてヨシノブ船に駆けていく。

 地球漫遊の旅へと向かう白い船、五千以上の人民乗せて、ぎしぎし舳先を揺らせながら、予測のつかない船出を進む。

 リアルヨシノブ様のご威光に、未だ自己を取り戻せない征伐部隊、平たくなったままその船影を見送るばかり。

 薄い陽の残りを受けて、金波銀波に揺すらるる船は、次第に函館港を、この国の出口を抜けて、ざんざんと波切りゆったり出立す。


 甲板で、憧れのハワイ航路を合唱する人々に包まれながら、真珠郎ようやく腕から降ろした小袖に問いかける。
「よいのか、これで」

 ええ、小袖微笑んで袂を探る。かっちり硬い携帯の感触。
「好いたお方と一緒に居れば、そこが小袖の居場所なのです」

 感動してそのまろやかな体抱きしめる真珠郎の、熱い息を頬に感じながらも小袖くっきり獲物を握る。倉庫の混乱の中で拾い上げた、不思議不可思議コントローラー。ほほ、これさえあれば。真珠郎さまはわたしの言いなりよ。

 はめりかを攻めませう、と言い募るミハイルたちに、ふふーんそれも宜しきかな。と気楽に操舵輪まわすヨシノブ様。面白きこと、可能性みなぎることさえあれば、世は喜んでそっちにライドライド。

 すでにきらりと北の空、一番星の見え始めた海原に向かい、

 船の積荷からいいもの見つけたお染まりんウィズ威怪異乖同心プラス坤若丸アンド伍空、ぼーん、ぼーん、と寒い空にロケット花火を打ち上げる。

 光見た、ひらがなざむらい。

 ざっと引くタロットカードは十七番の「星」。

「じゅうななにんの、うえさまとたびにでるか……」

 にこり微笑み、カードをまとめる。目を閉じて強く握り、その紙札をざざあと惜しみなく海原に投げ込む。

「さきゆきは、わからぬほうがよい」

 それを見たヨシノブ様、サンバを踊り狂ううクローンの十六人と五千の民衆を眺めて呟く。

「どこに行こうとも、住めば都よ」

 ふ、と笑いあった銅鑼衛門とヨシノブ公、その指さす先には極の星があかるく、すべてを照らして静かに光っていた。

(完)

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