ひらがなざむらい



第一回

「ヨシノブさまが、増えた」

 城下をひたひたと駆けめぐる噂。
 ひそめた声で口伝えに。
 こそりと、殿中のくらい陰で小声に。
 長屋の前の井戸端で、それと匂わせて。
 あるいは口に出さなくとも、手を合わせて見つめるだけで。

 もしくは飛脚の運ぶ機密文書。
 隠密が暗躍して御庭番と死闘。
 ぐわっ。ずばらばと血に煙る白刃。死屍累々。

 またはBCCメールで大量に。
 ネットのカキコでサクサクと。

 老中・大哉主水は、苦々しく眉をひそめた。

 噂は京都所司代や遠国奉行まで届き、みな浮き足立ったり うるうると目を湿らせたりして、政権の行方をなま暖かく見守っているという。

 主水は懸念した。

 武家の支配もすでに八百と十二年。
 長すぎた春と言えるだけです。
 そろそろ、ぶっちゃけ革命? ぶっちゃけ大政奉還?
 などという反骨分子の盛り上がりが 江戸のクラバーなどの間でハイテンションな話題となっているこの局面に、
 将軍に関するネタバレなどはもってのほか。
 御家断絶、磔獄門なのであった。

第二回

 主水は若年寄の金銀真珠郎を探した。

 今ここで、この問題について極秘に語り合えるのは真珠郎だけだ。

 三十五歳にもなってまだスポカジファッションの真珠郎は 見た目とっちゃんボーヤだが、ヤングアダルト文庫を熟読しているだけあって 庶民文化に造詣が深い。
 さすが若年寄である。
 朝ぼらけ娘。などというアイドルの クリティカルな語録をものして 若衆のあいだに旋風を巻き起こしたほどだ。

 江戸都城第一庁舎四十五階の執務室。
 パーテーションで区切られたフロアを 主水は袴を引きずってうねうね進み、奥の席を覗き込んだ。

 覗き込んでそのままひたすら深い脱力。
 床のカーペットに頭から挨拶してしまう。

 早急に相談をしたい真珠郎の姿はそこにはなく、代わってマリリン・マンソンのお面をかけた シュタイフ社のでっかいクマちゃん人形が座椅子に座しており、首から

「やっふー☆
 ちょっとトザマーのブケショハ・チェックに行ってきまッス
 御用はメールでね(はぁと)」

 と書かれたボードが吊り下げられていたからだ。

 なにがブケショハだ、略すな! と、主水は憤りながら思う。
 武家諸法度を軽んじるとは、大罪、九死に値す。
 だいたいトザマーとはなんたる言い草。
 外様大名こそが、地味でも、しょぼくても江戸の、この御国の経済を支えているのではないか。

 軽っ。真珠郎、軽すぎっ。

 我知らず 若者言語に悪影響されながら主水は思い、マリマソお面の熊を背負い投げでぶっ飛ばして座椅子に座る。

 真珠郎のパソコン起動。
 かかたかたたうぃーん、みょんみょんみょん。

第三回

 やたら重く立ち上がる窓印パソコンをイライラ眺めながら、
 主水は苦渋に満ちた眉毛をもくもくと上下させる。

 なんだ、くだんないソフト入れてるから重いんだっつーの。
 ヘンな画像いっぱい溜めてるから重いんだっつーの。
 上司としては もっとヤツにパソコン整理術を……。

 ようやく機能した画面のデスクトップ画像は 朝ぼらけ娘。の十二歳・オモトちゃんがセンターの電影キャプチャで、主水はふたたび心から脱力。あいつロリかよ。

 自分がイチオシのメンバー、粋な年増のお夏さんが歌う新曲「ザッツOK牧場で☆」の画像に変えといてやろうかな、と
 一瞬惑乱しつつもネットにつなげる。


 弐ちゃんねるの症群板。

 将軍様関連のスレが今日もばしばし。
 わざと下げてあるらしき「ショグーン増食スレ」。

 主水は憤りと不安で指先をぷるぷる高速振動させながら マウスをクリックした。

「壱 拝謁至極。スレ立て御免。
 ショグーン苦労人グに失敗して今八人いるって御殿女中の元カノに奇異タ。
 マジ? 知ってる人ドゾー」

「弐 弐ゲトー! 鶴亀鶴亀」

「参 ↑情報量ナシ切手ヨシ!
 奴レもキイタ。遺伝子情報が狂って単一苦労人グ シパーイして数代前から二倍ズツ不得手ル。
 今十六人」

「四 別にいいじゃんショグーン何人いても奴レたちの渡世に関係ないしもっと勘定奉行増やしたら?」

「伍 四いまいいこと言った!」

「六 (花火をあげる虎のアスキーアート)」

「七 (だんじりのアスキーアート)」

 ずらずら続く板を、ため息混じりに主水は眺める。
 あかん。すでに祭りになりかかっている。

第四回

 第十五代将軍ヨシノブ様は、基本的に不死だった。

 黒船来航以来の騒ぎも「よろしいんじゃないんでしょうか」と笑顔で流し、
 討幕運動も「よろしいんじゃないでしょうか」と笑ってスルーしたあげく、
 民のリスペクトを一身に集めたまま天命をまっとうし、

 時の蘭学者黒之惹句左衛門によってそのDNAをテロメア延長細胞にコピーして甦り、
「よろしいんじゃないんでしょうか」と言いながら御支配の時代を、こけのむすまで続けてきたのだ。

 おかげで、この元禄の世の中がある。

 大東亜合戦を契機に 諸外国の文化を取り込むようになった日ノ本の国であるが、
 すべてヨシノブ様の「よろしいんじゃないんでしょうか」スマイルでなんとかなってきた。
 新しい概念は上手に呑みこんで気にせず再構築。
 ヨシノブパワーでこの国はGNP第一位に大躍進、
 何があっても笑って流す地球屈指のユートピアとなり得たのだ。

 平均寿命は世界一、その識字率百パーセント、出席率は宇宙一。知ってる? ヤマトの諸君。

 そんな素敵な将軍様の遺伝子情報が、あまりにもしつこくコピーし続けたためにバグを生じ始めている。

 数世代前から、クローンに失敗作が混じり始めて物心つく前に強制終了、
 予備のヨシノブ様を常に何人か待機させておかねばならないほどの緊急事態となっているのであった。

 機密。隠密。

 将軍家の最大の秘密が、近年やたら流行り始めた電脳通信網によってリークされ、
 都市伝説のようにお江戸を、その周辺を覆い始めている。

 主水はいやな温度で背中をすべる汗を感じた。

第五回

 真珠郎は粉雪舞い始めた蝦夷の地を、ロケンロールでダンシング。

 いえー、文武だぜ。
 サムライ魂、お武家も庶子も、Do・the御天覧、若衆もお女中も人斬って御意。
 くだらない歌を歌いながら歩む。

 外様大名の視察に行くなどとテキトーぶっこいて来てしまった。
 本当はただの観光だ。

 松前藩の藩士をしている友達からメールが来た。

 この週末に 函館のハコでかなり半端ないクラブイベントが行われるという。オーガナイザーは古栖裳星丸。
 ひゅう! いけてる。行かなきゃ。

 話を聞くなり前のめりで乗り気になった真珠郎は取るものもとりあえず、
 万障を繰り合わせる努力もせずにとっとと出張。

 大丈夫かな。
 まあ上司の主水のじいさんが何とかしてくれるだろ。ひゅひゅう。文武だぜ。
 もう来ちゃったから腹を括らずにはおるまいて。のほほほほ。
 とりあえず体をあっためるために味噌バターコーンラーメンでも食おう。

 江戸よりもてんで広くずがんと市街を突き抜ける大路を曲がり、
 うまげな匂いが漂う小路をすいすい奥に進む。

 まだ時分どきには早く、行列のできる様子もない一軒の食事処の前に立ち、
 ええと、ここにしよっかな、と、べんがら格子の向こうを覗き込もうとした瞬間。

第六回〜第十回

第十一回〜第十五回

第十六回〜第二十回

第二十一回〜第二十五回

第二十六回〜第三十回

第三十一回〜第三十五回

第三十六回〜第四十回

第四十一回〜第四十五回

第四十六回〜第五十回

第五十一回〜第五十五回

第五十六回〜第六十回

第六十一回〜第六十五回

第六十六回〜最終回


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送