第五十六回
銃声に、瞬時足並みが乱れる。
遠くの闇で、鈍く床伝う発射音と空気揺する擦過音。ごお、と声を為さないパニックの気配が一時に地下通路を突き抜けて。
ひらがなざむらい同行アバウト五千プラスアルファ、伝言ゲームのように前から順々危機嗅ぎ取って硬直する。
「敵ね」
隊列包むびびりのオーラに小袖だけ呑まれず、むしろ仇敵見つけたりの気合いで前方をきっと見つめる。
「あれ、ええと、なんだっけピストロ? とかだぜ、このクソ狭い道で乱射したバカがいるみてぇだし」
佐如介にバカと言われては立つ瀬がないが、そんなことを知る由もない真珠郎ははるか通路の彼方。
飛んでくるかも知れぬ銃弾を懸念してすりすりと、壁を伝って前を透かし見る銅鑼衛門。
坤若丸もお小姓よろしくついと先を進み、ぼんやり伝わり来る硝煙の匂いに鼻をひくひくうごめかせる。
「また道が分かれているけれど、こっちですね。さっきの銃声、この方向からだった」
へこたれない好奇心で世の中渡るお染とまりんも、同じ方向を見つめてうなずく。
「すっげマジで銃だしマジでバイオレンス。やばくね? て言うかこっち追うしかないし」
「銃声とか初めて聞いた。でも行くでしょ普通に。ここ引いたら江戸の女が立たないし」
すかっと言い放つおギャルに魅せられて、恐怖から団子状に固まっていた威怪異乖同心の小僧がふらふらと進み出て、弟子にしてください、と平身低頭する。
「ふむ」
と、衆を見渡すひらがなざむらい。
「たしかにこのみち。てきはもくぜんに。……ひめいは、なかった。しんじゅろうどののぶじをしんじて、ゆこうおのおのがた」
おらー、行くよー! と声張り上げるギャルズにつられて、軍勢またもや士気を鼓舞する歌を合唱しながらぞろぞろと進み往く。
第五十七回
扱い難く侮り難し真珠郎を引っ立てながら、もはやピンチ丸出し、の顔色になってだだだと駆ける赤いきつね団。揃わぬ足並み。
出口はすぐそこ、ともかく赤レンガ倉庫に脱出してそこから道を散ずれば。
明らかに背後、やや近くなったり遠くなったりしながらも追っ手のやたら希望満ち溢れた歌声と、あり得ない単位の足音がざかざか響き来たる。
追い詰めた敵の気配を確信しながらひらがなざむらいオールスターズ、恐怖も逡巡もすでに一体化のエナジーに溶けて消えて進むパワーのみ。いつのまにかパートまで分かれて大合唱しながら全力で追撃する。
あた、と何かにつまづきかけた坤若丸、がっつり重い拳銃を拾い上げて目を丸くする。が拾得物を横領して後でおまわりさんに届けよう、そのまま帯に手挟む。銅鑼衛門小袖伍空お染まりん佐如介ウィズ威怪異乖同心&ツアコンお姉さん(大河原とも女・二十四歳)に遅れじと走る。
薄ぼんやりと灯りが見えてきたことに勇気を得て、ラストスパートをかけるおろしやの賊。なんとなれば出口たる建物は毛蟹と鱒油の出荷倉庫、と見せかけて、赤いきつね団のダークな収入源である道産子シンセミアの隠し処、メンバーが常駐して在庫管理と逃げ道確保を引き受けたる心強き場所。
おお何かいい匂いすんな、と御禁制薬草のむんむんするアロマを嗅ぎつけて、鼻をひくひくさせる威怪異乖同心の困った嗅覚と、いやクサイだけだし。と眉ひそめてひと言で捨てるお染とまりんの毒舌と、こもごもあって真珠郎さま、どうぞご無事で、ときりり歯をくいしばる小袖の純情、もあって銅鑼衛門も坤若丸はすでにランナーズ・ハイ、意味なくちょっとニヤニヤしながら小暗き道を駆けていく。伍空は走る足がざかざかと埃けむりを巻き上げて、いつの間にやらキント雲に乗って宙を進んでいる。
第五十八回
ざん、と出た。
ついに出た。
約束の地たる赤レンガ倉庫の一角。
おろしや勢、暗闇抜け出た目をしばしば瞬いて見回す。
留守居を任せた同志数名、すでに危機を嗅ぎ取って財源を運び出したのか、おっそろしくなって尻に帆かけて持ち逃げしたのか、半分がたの積荷が消えている。無人。随所に寂しきらんぷの灯りのみがほろほろと光っている。
「く、連中め、ここにて待って加勢しよ、と、さっき携帯のメールで告げたばかりであるのに……」
部下の不服従に憤ったミハイル、悔し紛れに上等カナビスの箱を蹴りつける。
持ち出された量、およそ末端価格で数百万両。
「今はそんなことどうでもいいわ、早く脱出しましょう」
叫ぶユーリャの嗄れた声を、ぶつんと断ち切る大音声。
「まてい」
地下通路の出口をずずいと抜けて、衣装乱れて頭に蜘蛛の巣をひらひらはためかせながらも美形はお得、まったくその美々しさ失わぬ銅鑼衛門、刀に手をかけて力をためる。
「ばくふのわかどしよりどの、いまこそかえしてもらおう」
あらハンサム、目を見張るユーリャと各自武器に手を伸ばすおろしや軍、瞬時の緊張のうちに相手の力を目測す。
ぴりりと辛口に引き締まる空気をライトに引き裂いて、出し抜けに子供ボイス。
「我が仇見つけたり!」
変声期前のキュートな声を研いで坤若丸、どしどし出てくる追っ手の軍勢からひとり鋭く身を飛ばして、ざ、と銅鑼衛門の前に立ちはだかる。
厳しく苦しく指し示す指をたどれば小熊のミーシャ、あきらかにうろたえポーズでずりずり味方の背中に隠れようとする。
「仇討ちだ!」
言い放つ坤若丸。
仇討ちだ、その声は倉庫をみりみり埋める追随群集の中にこだまし、わあああと拍手まで巻き起こってフォローアップ。
「なに、仇討ちだと……」
わけわかんなくなって口を開けるミハイルと、行動を起こせずおたおた固まるおろしあ勢の前に、坤若丸は燃える視線を漲らせて進み出る。
第五十九回
「やあやあやあ我こそは 生国相模綱島温泉で産湯につかり 盲亀の浮木優曇華の華、でいいんだっけちょっと台詞忘れちゃったけど でも貴様こそ我が生涯の敵! いざいざ討ち取らん!」
おおおお! とナマ仇討ち目の前にした五千の民衆は超盛り上がり。
その一体化したソウルに押されたおろしや勢も、なんとなく小熊のミーシャを冷たく最前列に押し出す。
「やめてくれ! か、堪忍してくれ! あれは事故だったんだ!」
「許しませぬ」
零下に近い気温にも、緊迫につぶつぶ汗を額に浮かべた坤若丸、誰もツッコミ入れられない気配でずん、と歩を進める。
「事故で、すみますか。愛するものを、面白半分に暴走する荷車に轢き殺され、あげく犯人は自己責任ナッシングのお裁きの上に悠々逃走、ぼくが、ぼくがどんな思いで仇討ちの旅に出たかを……」
真剣そのものにじりじり詰め寄る坤若丸に、思わず観衆涙にじませ頷いて、てぇしたもんだ坊主、いよっ、明神天下の御覧の舞台、すかっとさわやかに殺っちまいな! とんでもない犯罪幇助を喚きたてる。
あわわわ、とマンガのようにうろたえて、わけのわからないまま腰の刀に手をかける小熊のミーシャに、
坤若丸も鋭剣抜くかと思いきや、帯に手挟んだままだったボルシェビキ・モーゼルをつかんで構える。
「いざ討ち取らん! 猫のかたき!」引き金を引く。
ぱあん。
ね、猫? とその場の全員が詰問したい雰囲気ばっさり切り取って、銃とミーシャの間に真空のライン。
猫、て。
大口開けて屹立す民衆をよそに、本気で撃ったらしき坤若丸の濡れた眦びりびり震える。
しかし。
しかし空砲。
空気をはじく音だけは派手に、脳内弾丸でミーシャの額を射抜きたる坤若丸の願いが通じたのか、ミーシャが小心びびりの柔弱者だったのか、敵は白目を剥いてぐ、とそこに悶絶せる。
「ええと、猫の仇、て言ったかも」
やんわり言ってみる佐如介に冗談通じない目線を投げて、坤若丸きりりと歯を鳴らし、ローティーンとは思えぬ恐ろしい気配漲らせる。
「そう。この男こそ、我が愛猫ちゃとらんを荷車で轢き殺したる憎い仇敵。
銃が弾切れで命拾いしたようす、今度こそ、今度こそ許しませぬ」
拾ったモーゼル投げ捨てて、刀の柄に手をかける。
第六十回
うわー斬るか、やっぱり斬っちゃうのか?
で、でも猫、て?
動揺の一同こぞって無意味に両手をばらばら振りまわす。
「まて、こんにゃたん」
ここで物言いひらがなざむらい。
「きくんのねこ、のかたきであることはわかった。
ここにおいつめ、さようみぐるしくきをうしなっておるそのかたき。
むていこうなおとこを、そなたは、けんでせいばいするのか?」
う、と唇を噛んで抜いた剣を下げる坤若丸。怨恨と倫理が苦しく心をかき乱している。
「そのおとこをあやめれば、そなたもせっぷく。かたきうちのおやくそく。
……とうに、なくなったねこのたましいは、ふたりのにんげんのしをささげられて、はたしてうれしくおもうだろうか」
じりりと歩み寄る銅鑼衛門。ギャラリーからは、いやー、こんにゃたん死なないでー! そんなおっさんを殺めて切腹しないでー! とファンの声。
「もう、じゅうぶんだ、こんにゃたん。
そなたはさむらいのぎをとおし、ここまでかたきをおいつめた。
はじを、しらせた。あやめず、このまますておくのもぶしのなさけであろう」
くう、と熱く煮えた息を吐いて坤若丸は剣をからんと落とした。肩をひそめ、悲しく呼吸する。
うむ、と呟いて見つめたるミハイル、和装の懐から極太油性マジックを取り出す。
ゆっくりと歩み寄って、敵たる坤若丸にその筆を差し出す。
は、と濡れた目を見張って見上げる美童に筆記具差し出し、
「貴公……真のさむらいであるな。これを使うがよい」
渡してすうと背を向ける。
涙を袖でぬぐう坤若丸、美しき姿勢でミハイルに一礼を返した。
しっかりとした足取りで、倒れて目を剥くミーシャに近寄る。
きゅぽ、とマジックのふたを取り、
万感の思いを込めて、仇敵の顔に強く濃く書き記す。
額に「肉」。
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