第五十一回

 身に迫る危機も知らず、携帯コントローラー駆使して真珠郎に、ニジンスキーばりの華麗な跳躍を強制しているユーリャ。

 かちかちとマウス鳴らして連絡と情報収集に余念のないミハイル。

 歌舞伎座事件の実行部隊はヨシノブズに殲滅されて一斉捕縛、後方の支援部隊は敗走し、ちりぢりに江戸周辺を走り回りながらミハイルの指示を待っている。

 アジトとなっているコテージの、暖房だけは豪勢な安普請廊下をぎしぎし走る音がして、ノックも短縮してばしん、と扉が開け放たれた。
 赤いきつね団の一人、日本人でありながらおろしあに心願一如使命を託した謀反者、その名を小熊三差吉。通称こぐまのミーシャである。

「まずいですぜ、この屋敷、囲まれてます」

「なに」
 ざっと席を立ったミハイル、厚い防寒カーテンちょいと開けて窓の外を透き見し、ううと苦しく唸る。

 ユーリャもきりとまなじり吊り上げ、匍匐前進で窓際まで進んでそっと表を見やる。
「オオ、ざざ虫のように日本人がわらわらと」

 建物の入り口前を、ぎっしり埋めたる五千の軍勢。手前には剣呑な武器を手にしたやる気ばしばしの剣士や小娘や荒くれ者、今しも突撃の気配見せてすぱっと大見得切っている。

「眺めている場合じゃありませんぜ。さ、早くここは撤退して、感づかれぬうちに港へ出ましょう」

 ぬ、止む無いか……、と苦く呟くミハイル、和装の腰に差したる真剣ぎらんと抜き放ち、潔くパソコン真っ二つ。ぼばん、と液晶画面大爆発。データ粉砕。証拠隠滅。ミハイル一瞬かなりびりびり手元に感電。

「来なさい、来るのよパールたん。あんたは盾にするのですから」
 慈悲も何もないユーリャは荒々しく真珠郎を引っ立て、ピンクの部屋から寒い廊下にその体を押し出す。いまいましげな爪がぎちりと肩に突き刺さる。

 てんでにアジトの部屋を飛び出してきた赤いきつね団、揃わぬ足並みで階段をだかだか地下へと駆ける。潜んでいた幹部格と指令陣は、首総並べて三十人ほどか。

 圧倒的な軍勢に怖れをなすおろしや側、地下のボイラー室の奥の壁めりめりと引き剥がし、その向こうに続きたる秘密の通路を通って浮き足立ちつつ逃げ延びる。
 暗くかび臭き通路は果てなく長く、それは函館港の一隅、赤レンガ倉庫へと続いている。

第五十一回

 生意気にもオートロックで施錠さるるコテージの玄関、佐如介がナチュラルに携帯していた大鎚で叩き壊す。
 討ち入り。それは器物損壊。そして不法侵入罪。

 がんがん扉を打ち壊す音に興奮したのか、つい先刻までしおしお脱力していた坤若丸がいきり立ち、沈黙するメンバーを煽る。
「さあ! 突撃ですよ行きましょう! 真珠郎様をお救い申すのです!」

 自分の目的の敵討ちはどこへやら、第二次性徴期のキレやすい情根たぎらせて盛り上がる。
 ええとそうしてつぎは、さすればそのばあい。などとぶつぶつ言いつつタロットめくっている銅鑼衛門の腕を引っ張る。
「お侍様! 占いにハマるのもいい加減にしてください! ここまで来たらあとは行動のみでしょう!」

 諌められて銅鑼衛門、照れくさき笑みとともにカードを不思議なポケットにしまう。
「たしかに、そのとおりであるな。では、みなさまがた。ここならすぼすのだんじょんに、はて、とつげきであるぞ!」

 おおー! と五千の行列、端から端まで両手ばばっと揚げて見事なウェーブを描く。

 ざざざ、と尖兵たる佐如介と同心たち、埃舞う通路にバギーパンツを翻し、その森閑たる気配に首をひねって立ち止まる。

「あ? なんかおかしくね?」
「つうか、ここ誰もいないっぽい」

 なんと、と先を覗いた坤若丸とひらがなざむらい、疑念に眉を寄せる。

「違うわ。ついさっきまで人のいた気配がするもの」
 鍵のかかっていない一室を覗き込んだ小袖、素早く細部を見て取ってうなずく。
「暖房をきったばかりでまだ暖かいわ。誰かが煙草を吸っていた煙がまだたゆたっている」
 お女子の観察力がきらんと光る。

「うんマジで。ここ人間くさい、って言うかうざい男とかがこもってた匂いするし」
「そうそう。見てみ、あの椅子。クッションが尻の形にへこんでるじゃん。相当なデブがちょっと前まで座ってたね、ぜったい」
 お染とまりんも情け容赦なくきっぱり推理。

「慌てて逃げたのよ。玄関からじゃなく、建物のどこかに避難したか、裏口や逃げ道があるんでしょう。
 さあ、佐如介さんたちは全部の部屋を見て回って。隠れられそうな場所は見逃さないで。コンちゃんは、抜け道を探すの。その地下の階段がすごく怪しいわ」

 探偵スキル発揮する小袖に指令飛ばされ、男たちは泡を食って走り始める。

第五十二回

「ここだ!」
 叫ぶ坤若丸の悲鳴に近き声を聞いて、コテージを探っていた部隊ずどどどと階段を下り来る。

 地下一階のボイラー室、奥の壁が書割めいて歪んでたわみ、偽の行き止まり感ばりばりに存在主張す。

「ふん」
 腰の名刀抜いて一閃する銅鑼衛門。壁はくたくたと砕片になって床に積もる。

 ごん、と深く遠く延び通じる秘密の通路。
 暗闇にかび臭い埃がもうもうと立ちのぼり、ほんの一刻前に多勢が踏み荒らし駆け抜けていった感が横溢。

「おうぞ」
 と、ひらがなざむらい。

 はっ、と鋭い息で返答するなり飛び込んでいく先陣に続き、わいわいと詰めかけて地下室を覗き込んでいた後続部隊、怪しいダンジョンにむしろ発奮してぞろぞろと二列縦隊で押し寄せる。

 アバウト五千人の同行者が群れなし押し寄せるコテージの前には、この一世一代の追跡ライブに間に合った駆け付け組、江戸のみならず全国津々浦々より集まりて群衆に入り混じる。
 町人、商人、村の衆。浪人職人流れ者、纏立てたる町火消し。乞胸香具師武士遊女に坊主、死んだはずだよお富さん。
 種種雑多な人々に討ち混じりて、あきらかに異彩を放つひと群れもある。

 姿は横ちょにちょんまげ乗せた、粋な目明し尻端折り。同じ顔して同じ所作、十六人のシンクロナイズ。あれは何かと指される前に、さりげなく散り隊列潜入。

第五十四回

 昏き地下通路を、ざざと足音が駆ける。
 高下駄駒下駄雪駄に草履、ミュールに革靴スニーカー。重さ二キロの安全靴、はだしの大人も増えている。
 さまざまな沓が床を踏み、一種アバンギャルドなビートを刻みながらすばやく前進する。前衛アーティストなら一曲ひらめきそうなリズム隊。

 ツアコンお姉さんが美々しく笑って額に装着したるヘッドランプの灯りに照らされて、先陣はずいずいと進みたる。ツアコンさん洞窟探検装備でいやさ目出度きかな。
 後続はてんでに自前のジッポや百円ライターやキーホルダーの青色ダイオードやら、心眼やら御見透視能力やら目から出るビームやらで前を見透かし駆けていく。子供やお年寄りはよろしくよろしく手を引かれて。

 トンネルに充満する不安と期待の気配、敵を追い詰めるモチベーション満々の大群。

 とは言え 港の坂道駆け下りたり駆け上ったりするややこしき抜け道、途中にやっかいな分岐点もあり その度に銅鑼衛門タロットめくり、小袖たちかしまし娘が推理働かせて喧々囂々。

 本当にこの道で良いのか? 確かに追っているのか? 罠ではないのか? 徒労に終わる道ではないのか?

 先陣が立ち止まるたびに後勢も歩みを止め、行き先見失ったエネルギーは内心を攻めて ちくちく疑問にとらわれる。

 ムーブメントに乗っかって一緒に走ってきたけれど、これは間違っているのではないのか? 信じた気持ちはまぼろしではなかったのか? このまま全滅する方向に押し寄せているのではないか?

 人生の根源的な疑問に、今ここ北国の地下で直面する全員、ややうろたえて 尻もじもじと後ずさる。

「いいえ絶対にこの道よ。進めば必ず真珠郎さまに再会できる、と、私は信じてるわ」
 苦しく叫ぶ小袖に、ひらがなざむらい強くうなずく。

「まよったときにみつめるものは、あいしかござらぬ……」
 と言いながら本人がみつめるのは紙の札。目を閉じてタロットカードを切り、一枚を抜き出す。それを裏返すその手が震える。

 さ、と札の表を見て、う、と息をつく。
 高々と差し上げるそのカードが表わすは、「恋人」の正位置。
 天使ラファエルが目に見えぬメッセージを送り、恋人たちに正しい道を示す絵図面。
「このみちを、いくぞ。みな、ゆこう」

 駆け出す先頭を素直に追いかねて、二の足を踏む五千の追者。

 それを鼓舞するように、しかし自分たちも声の底で不安をちりちり潰しつつ、お染とまりんが目を見交わし小さく歌い始める。
めっちゃハスキーな主旋律に、合いの手のファルセットが翻る。

 さあ皆 空気さえも蝕まれていきそうな
 こんな時代に牙を剥き出すような
 アスファルト蹴り上げ動き出すような
 俺たちをCHECKしてきな

 あ、俺それ好きな曲だ、勇気を得て唱和する同心にぽちぽち続いて、 
 それぞれの心根でやってきた後続のひとりひとり、ひとつずつ自分の想いを歌に重ね合わせて、どうにか思い出せる歌詞を口にのぼせる。

 さあ みんなここに愛の庭に
 終わりのない闇を抜けて

 いつしか大合唱で自分たちを支え始めた大行列、胸張り裂けるほどに歌いながら カリスマたるひらがなざむらいを信じて追いつのる。

※引用 Garden/SugerSoul+KenjiHuruya

第五十五回

 歌いながら追ってくる。

 ざむざむと正確にルート辿って攻め寄せる圧倒的質量の気配背後に感じて、ミハイル薄ら寒い思いで呟く。
「何なのだ、やつらは。あのような音曲を謡いながら攻め寄せる幕府側の軍勢もおるまいに。 阿呆の集団なのか。それとも隠密の殲滅部隊なのか」

 ダーダー、ニエートニエート、どっちでもいい感じに応じながら必死のおろしや勢。ここは一時やむなき撤退、日本の元禄惚け人民に我らが負けるはずもなし。ざくざく逃げながらも威信保って顎を突き出す。

「こら、走りなさい。ちゃんと走るのですパールたん。ああもう、扱いにくい」
 憎悪こめてユーリャ吐き捨て、真珠郎の背中をどしどし突付く。

 有効な人質、あるいは切羽詰まれば盾として機能するはずの真珠郎、もはや携帯コントローラーの指示もうまく効かず、突如逆送したり棒のように固まったりその場で都をどりを始めたりする。
ナノマシンにバグが生じたか。追いつのる救助部隊の熱気嗅ぎ取って必死の抵抗か。

 一刻も早く地下通路の果てに抜けたい思惑裏切って、またもや真珠郎はぴたり停止し、その場で陽気なマカレナを踊りだす。

「今どきマカレナ、て!」
 変なところでキレたユーリャ、小脇に抱えていたチュブラーシカ柄のバッグから、ボルシェビキ・モーゼルを取り出した。構える。

「待て、早まるな、やめるんだユーャ! 」
 埃舞う暗い秘密通路にごほごほ咳き込みながら、ミハイルが体を張ってユーリャを止める。

「だってこいつ、もう面倒くさい。死体をここに投げ出しておけば、追ってくる連中も驚いてストップするでしょう」

 本気で殺すモード、で短銃構えるユーリャの目前で真珠郎は無心。よろしいんじゃないでしょうか、と口の中で呟きながら銃口をじっと眺めている。

「浅知恵だ、ユーリャ。ここで切り札を抜いてしまっては元も子もない。今はとにかく、倉庫に逃げのびるのだ」

 瞬時ためらったユーリャの鼻先に手刀が翻った。旋風にブロンドがはらり、と舞い、
 コンマ一秒の間に短銃は真珠郎の手に移動していた。

 無意識レベルに叩き込まれた武芸の冴え。没収された脇差の代わりに徒手空拳の忍術使い、無心であるからこそ敵にはどうにも意図の読めない真珠郎、さくっと銃を奪いたる。

 きいいい、と悲鳴をあげるユーリャと、思わず刀を抜きたるミハイルその他の戦士に構わず、

 真珠郎、虚空に向けてばんばん弾を連射し始める。
「タイホだタイホだー! 本官を愚弄するやつはタイホするぞー!」
 目玉がつながりそうな勢いで乱射する真珠郎、あっさり弾を使い果たし、つまんなくなったのかモーゼルをほいと遠くの闇に投げ捨てる。

 ちゅんちゅん壁を反射して飛んでくる兆弾の軌跡にひいい、と頭を押さえてうずくまる赤いきつね団、運良く滅茶な乱射に命も取られず、やがて冷や汗かきながら起き上がる。

「なんて奴だ……」
 ミハイル重く言い、ぼんやりにこにこ立っている真珠郎と、肩を縮めてかくかく震えているユーリャ双方を引っ立てる。
「無駄足を食った。ここでの飛び道具の使用などは言語道断。ともかく、先を急ぐぞ」

 無意味なイベントで時間を食ったおろしあ勢の後ろに、歌いのめす日本の追勢が迫り来る。

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