第四十一回

 小袖、蝦夷地に到着。

 うひょー蝦夷って寒いなー、オラわくわくしてきたゾ! とか言ってる伍空は捨て置いて、小袖さくさくと聞き込みに入る。
 真珠郎ジョインしたはずのクラブイベントの主催者。松前藩のオトモダチ藩士、道端でトウキビ売ってるテキ屋にも。

「ふん、どうやら真珠郎さまはイベントに顔を見せていないわね」
 寒風吹きすさぶ函館大路で、クールに呟くお江戸の小娘。

「て、ことは、浮気目的でクラブは言い訳? ちょっと、許せぬモードに入ってきたわね」
 いきなりホットな小袖、鋭い視線をきらんと走らせて周囲を眺める。

「最後に姿を見せたのがここ、クラブの場所を確認しに立ち寄ったのね。そして、文武だぜ、とか歌いながら向こうに歩いていくのをトウキビ売りが目撃している……」
 その道筋を、推理をもとにじかに辿る小袖。

「その日の天気は小雪のちらつく寒空。時刻は暮れ六つ。真珠郎さまなら、小腹がすく時間だわ」
 飲食店の並ぶ方向へと足を進める。

「で、いつも行き当たりばったりのあの人のことだから……」
 小袖、眼を閉じてすこし考える。三秒で答えが出る。

「このあたりで、おいしそうな匂いに耐えられなくなって、適当にその辺に入ろう、と思ったはずね」

 べんがら格子の飯屋の並ぶ小路にずいずいと分け入る。
 うまうまとトウキビかじっていた伍空、ねえ帰りましょうよう、と言いながらも小袖の後をついて行く。

「で、こう思うはず。『こういう寒い日は味噌バターコーンラーメンが食べたい』」
 恋人の好み熟知している小袖、一軒の食事処の前で立ち止まった。看板とメニューを確認する。

「ここだわ」
 確信持って呟く小袖、店主にがっちり聞き込みせんと店の扉に手をかけた。

「おりょ? なんだこりゃ? オラわくわくしてきたゾ!」
 素っ頓狂な伍空の声に、小袖思わず振り返る。

 のん気な伍空がつまんでぷるぷる振り回している、ブルーグレーの組紐のようなもの。
 見覚えがある。
 小袖じっと見て、いきなり動悸が早まる。

第四十二回

「伍空! それはどこにあったの!」
 言うなり奪い取ってしげしげと眺める。

 藍地に銀鼠でスカル柄が織り込まれたシューレース。
 間違いない。真珠郎がルコックのスニーカーに付けていた靴紐だ。
 小袖がデザインフェスタで買ってきてプレゼントした、アマチュアアーティスト制作の一点もの。他にあろうはずがない。

「こっちの道に落ちてたんだゾ! オラが拾ったんだからオラんだ、返してくれようお嬢様あ」
 べそかく伍空をさらっと無視して、小袖は店の脇の細い路地を覗き込む。

 エアコンの室外機やがらくたでごみごみ詰まったその路地は、普通ならわざわざ人の歩く場所ではない。猫でも敬遠しそうな剣呑な小道だ。
 しかし小袖は直感光り、着物の裾を乱してそこに突入した。

 足跡。靴跡。押しのけられた形跡の甚だしきバケツや板切れや粗大ゴミ。
 検分しながら汚い路地を進む小袖を、伍空がかめはめはー、かめはめはー、と変わった泣き方しながらついて来る。

 はっ、と小袖は息を呑んで立ち止まった。
 何年も放置されていたようなベニヤ板、の角に引っ掛かる、不自然にちぎれた布地。
 てらりと光るトリコットは、よく真珠郎が重ね着しているバスケのユニフォームの生地だ。
 くん、と痕跡求めて切れ端を嗅ぐ小袖の鼻腔に、かすかにサムライ・シルバーの残り香。真珠郎だ。間違いない。

「この足跡は一人じゃないわ。もっと体の大きい、重い人間が踏み荒らした跡がある……」
 プチ探偵となった小袖、ある意味スペンサー左衛門などよりはるかに鋭い女の直感使って推理、洞察。

「真珠郎さまは、店の手前で大きな男に出会い、靴紐が落ちるほど乱暴にこの道に引き込まれて、服が破れる勢いで連れ去られた……」

 店に戻って証言取れば、食事をする前か後かが分かるかもしれない。しかし小袖はそれを端折った。事実確認より自分の勘にすべてを賭けた。

「尋常でないことがあったのね。いいわ。追うわ。あたしが助けてあげるから待っているのよ、真珠郎さま。さあ、行くわよ伍空!」

 がらくた踏み越え決然と進む小袖を、気の毒な伍空 トウキビの芯をまだ齧りながらもべそべそと追いかける。

第四十三回

 いろいろ話スルーして、ひらがなざむらい御一行様も蝦夷地に到着。
 どういうわけか途中で参入したツアコンのお姉さんが先頭で「ひらがな」と染めた旗印を振り回している。

 追随者の数、かるく五千。
 一説には津軽海峡を泳いで渡ったとも言う。
 ドメスティック・エアラインを平和的にハイジャックして無理やり着地したとも言う。
 銅鑼衛門がイタ物ブランドの衣装につけたる不思議なポケットから取り出した「何処でも扉」を通ってやって来たとも言う。

 とにかく到着。

「お武家様!」
 行列のギャルズボーイズオーディナリーピープル、どんと轟く合唱で銅鑼衛門に問う。
「さて、これからどちらにお行きなさるのか!」

 ひらがなざむらい、慌てず騒がず不思議なポケットよりひと組の歌留多を取り出す。
「これよ」
 坂本竜馬ライクに言って、カード高々掲げたる。

「なんすかソレ。なんつーか、紙?」
 目をまるくする原田佐如介。

「え、と、もしかしてそれは……」
 脱力の気配によろよろする坤若丸。

「たろっとかーど!」
 ぱらりらっぱらー、とファンファーレ鳴りかねない陽気さで言い放つひらがなざむらい、真剣な顔になって七十八枚の手札をざくざくきり始める。

「た、タロットで、タロットカードで……う、占いで……」脚の力が萎えた坤若丸、くにゃくにゃとコンニャクのように震えて倒れ掛かる。佐如介がオラオラ、とそれを支える。
「そ、そんなものでこの先の道行き決めちゃうんですかー!」

 気にしない銅鑼衛門、さん、と一枚の札をより出して見つめた。

「せんしゃ!」
 進軍する太陽神アポロンの描かれた札を頭上に差し上げ、かっぱと笑む。
「まっすぐまっすぐ。このみちまっすぐ、である。ゆくぞ!」

 おおー! と、ヤケ入った群集の大音声。

 気絶しかけた坤若丸おんぶした佐如介と、ツアコンお姉さんを二番手三番手に従えて、銅鑼衛門どうどう大路を進み往く。

第四十四回

「オオ、なんということ。歌舞伎座占拠に失敗するなんて」

 テロル第一陣の敗北・投降を知ったユーリャ、悔しまぎれに真珠郎をあやつり韃靼人のおどりを踊らせる。
「これというのも、この男が幕府の情報を吐かないからだわ」

 よろしいんじゃないでしょうか、と反射的に呟く真珠郎、脳を支配する携帯コントローラーで高速トリプルスピンを踊らされ、目を回して床に倒れこむ。

「そいつを苛めている場合ではない。ユーリャ、どうやら江戸から攘夷の軍勢が攻め上ってくるらしいぞ」
 ちくちくとネットで情報をチェックしつつ、ミハイルが焦りわずかに見せて言う。

「悔しい……」
 碧の目をスパークさせて、ユーリャはきろりと真珠郎を見下ろした。
「まさか、このアジトが見つかることはないでしょう。日本人バカだからきっとわかりません。
 でも、いざとなったら、この男を盾にしてやるわ」

「大事な人質だ。あまり粗末に考えるな」

「だって、粗末なのですもの」

 聞き流して草履のミハイル、反撃策を熟考するのに余念がない。

 粗末と決めつけられた真珠郎、ナノマシンに支配された脳の奥底でひとつの閃きを感じる。

 あのコントローラー。拙者を自由に楽しくダンスさせるふざけた携帯。もしやあれを滅すれば。

 自力を奪われた真珠郎、やってくるかどうかもしれないチャンスに向けて、大和魂をこんこんと湧き出させる。

第四十五回

「どこに行くんですかー!」
 佐如介におぶわれたまま泣きそうな声で問う坤若丸に、ひらがなざむらい莞爾と笑ってカードを打ち振る。

「ははは、『ほうおう』と『そーどのななつ』。てらのかどをひだりにまがるぞ!」

 アイアイサー、と叫びながら五千の軍勢すなおに付き従う。迷いも心配もない追従フェイス。どどどとサバンナにおけるインパラの群れのような足並みで早駆けする。

「で、ですから、そんなカードで何がわかるって言うんですかー!」
 たった一人の常識モードな坤若丸、群集心理に逆らいつつもその身は脱力おんぶずまん。背負われるままに進軍す。

「さても、つぎは『かっぷのやっつ』のぎゃくいちとでた。みなのもの、であうぞ。どなたかにであうぞ」
 駆け足ゆるめた銅鑼衛門、小路をゆっくり歩み行く。

「さあ、どなたか。かーどでは、『かっぷのぺいじ』たるうるわしきおとめ、ぷらす『ぺんたくるのないと』ぎゃくいちの、あほうきわまりないおとこにであう、とでているが……」
 小暮た小路をみしみし進む銅鑼衛門、先の路地からごそごそ出てくる人の気配を悟ってくきりと停止す。

「帰りましょうよ、お嬢様あ」
「うっるさいわね、お黙りなさい伍空。ちょっとこの邪魔な看板をどけなさいったら」

 がぞり、と壊れたステ看板放り投げて小袖の進路をつくる伍空、五千の進軍の気配ぼんやり感じて振り向く。

「ほう」
 にこやかに丁稚の顔を見つめるひらがなざむらい。
「そなたであったか」

 なんだか意味のわからない伍空、小袖が着物に蜘蛛の巣引っ掛けて小路を出てくるのを放っておいて、とりあえずにっかりと挨拶する。

「オッス! オラ伍空!」
「ぼくどらえもんです」

 よくわからない邂逅に、なんとなく背後のフォロワー喜んでどおん! と歓喜の声。タロット占い当たってよかったね。お武家様。

 ごほごほ塵に咳き込んで汚い小道を抜け出した小袖、伍空の向こうにいる美々しき侍見てハッと顔を赤らめる。やん、すてき。
 蝦夷の空を薄赤く染める夕陽が銅鑼衛門と小袖の姿をライトアップする。


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