第三十一回

 死角から飛び出した盗賊の太刀。
 銅鑼衛門の立ち脚を狙った鋭い策略を、かきん、と鋭剣が手元で跳ね返す。

「微力ながらお助けいたす」
 可憐な声で息を荒らす坤若丸。剣を支える細い手元が、リターンの衝撃でびりびり震えている。
 ふむ、と柔らかく笑んで、ざらりと抜刀するひらがなざむらい。
 真剣、ざくりと目前に構えた。
 ぢゃきん、と、その手を逆に返す。

「せいばい」

 ちゃーちゃらー、ちゃらーららー、と、時代劇なら音曲が鳴り響き始めるべき場面。実際は宇宙空間での戦艦の攻撃みたいにかなり無音、静寂。わびさび。
 それでもがつがつと、剣が斬り合う火花と高音が飛び交う。瞬時瞬時の判断が汗の中の電解質となって飛び交う。

 太刀振り回す左如介と、魁偉な浪人に組織された同心がばったばったと敵きり細裂く。
 カッコいい戦闘ギャルがはっ、とおっ、と気合い一閃、鋭く夜盗を倒しゆく。裳裾にきらめくチラリズム。
 銅鑼衛門の背後固めて凛たる剣を操るは、なかなか使える驚異の美童、坤若丸。

 わっしわっしと敵勢倒し、残るは手だれの三人衆。意気の沙汰すら何すれば、最早思しき御恩の堅陣。
 三足りの夜盗、ぐるりとさむらい取り巻いて、一気突入逆転気配。
 ひらがなざむらい銅鑼衛門、す、と手を打ち振って、味方の剣陣下がらせた。

 じり、と歩を詰める三人衆。

 銅鑼衛門の体が、ひょうと宙に舞った。

 消えた、と思わす早業で、剣が縦にどうと飛ぶ。

「い!」

 鞘で胃の腑を突かれた悪党腹、ど、と叢に崩れ落ちる。

「ろ!」

 みねうちに肋骨折られた二人目も、叫ぶ隙なく闇に落つ。

「は!」

 ぎらり飛ぶ真剣に、前歯をすかんと切り落とされた最後の一人、あわわと泡吹いて後方に倒れる。

 すらん、と刀をおさめたひらがなざむらい、強き音声でローカルの闇を揺るがす。

「これぞ、ひらがなけんぽう、いろはのけん!」

 きゃあああ、とおギャルの群れから黄色い賛美。スーテキー、と呟いてばたばた失神する。

第三十二回

 マジやばい。
 老中・大哉主水は冷や汗をたらりと落とす。

「ヨシノブ様が、増えた」
 どころではない。

 昨今江戸を席捲する怪しき流言。
 ヨシノブ戦隊・ショーグンジャー。

 十六人のスペアのヨシノブ様が夜な夜な義賊となりて御城下をひらりと飛来、大店の蔵を襲っては消費物品をかっさらい、エロビや食材やドラクエ8やその他諸々の戦果を貧しき下町に還元、やんやの大喝采を浴びているというのだ。

 十六人というのは、戦隊としてどうよ? やっぱ五人でしょ? 基本は。まあ三人でも四人でもいいと思うけど、十六人は多すぎると苦言。提言。
 本題外したくだらないルサンチマンぶつぶつ呟きながら、主水は予備のヨシノブズ収納した奥の院に向かう丑三つ時。
 行灯の火がほとほとと。長袴ずいずい引きずって。うぐいす張りならぬオウム張りな廊下がショコショコショーコーと鳴り響く。

 蜚語に拠れば、現れるヨシノブズはてんでに
「甘えん坊将軍!」「慌てん坊将軍!」「怒りん坊将軍!」「さびしん坊将軍!」「きかん坊将軍!」「隠れん坊将軍!」「赤ん坊将軍!」「うまい棒将軍!」「桜ん坊将軍!」「芯張り棒将軍!」「厨房将軍!」「流行性感冒将軍!」「人体解剖将軍!」「フラウ・ボウ将軍!」「麻婆将軍!」「フォン・ド・ヴォー将軍!」
 などとテキトーに叫びながら、とお! とか言ってくるりとバク転決めるのだという。むちゃくちゃだ。駄洒落にすら、なっていない。
「我ら、ヨシノブ戦隊・ショーグンジャー!」十六人のアクロバット。

 物見高き江戸の民衆、来たぞ来たぞ現れたぞ、がんばれ僕らのショーグンジャー、などと囃しつつ、半鐘がんがん鳴らし、手に手に鳴り物持ってフラッシュ・モブ状態。
 天下の義賊讃えて顔に「ヨ」の字ペイントしてテーマソングを合唱するのだ。

 中華民国出自の大和民族は常に自転車を愛用し阿弗利加出自の大和民族はいつ如何なる時も炎を吐きたるが、日本生まれのそれがしはババンババンバンまるで生まれが違うのである、畏れ入りましたか、
 と主張するラジカルな歌曲。謎の破戒僧・久禮爺SKB率いる謎の音曲隊「蟻地獄」作詞作曲のある意味日本人賛歌をヨシノブズはシャウト。

 なにがババンババンバンだ、と憤りつつ主水はがるりと寝所の扉を開け放つ。

 森閑。

 修学旅行よろしく座敷に布団が十六組もだだっとまっすぐ並べて彼方まで敷いてある、それぞれの枕もとに明日のお着替えがきちんとたたんで置いてある、寂しくないようにお布団の中にゾウさんやキリンさんのぬいぐるみが横たわっている、スペアのヨシノブ様の御寝所。
 は、と息を呑む主水の眼前、そのすべての布団はかっぱと巻き上げられ、そしてそこに休むべきクローンの姿は一人として見えないのであった。

第三十三回

「やっぱり美味しいわね、鮭はらこ飯弁当。あ、アテンダントのお姐さんー、コーヒーくださいな」
 などと物見遊山モードの小袖はもう面倒くさくなって、すっかり新幹線の車中客。
 窓外すいすい吹き飛ぶ景色を楽しみつつ、熱いコーヒーをゆったり啜る。

「ねえ、帰りましょうよお嬢様あ」
 言ってる伍空はただ単に他の台詞が見つからない朴念仁。
 アイスをうまうまと食べながら、小袖の食べ残した駅弁の漬物に貪欲な視線投げかける。

「うるさいわ、伍空。漬物はあげるから、駅に着いたら起こしなさいよね」
 言うなりさっさと安眠アイマスク掛けて座席をリクライニングにする。

 そしたら最初から列車なり飛行機なり乗ったらよろしいわー! と思う伍空は心のツッコミをうまく言葉に出来ない面倒なガイ。

 小袖、眼を閉じそっと物思いに耽る。

 きっと今ごろお江戸は大騒ぎ。
 老舗の家付き娘をそこの丁稚が拉致監禁誘拐出奔、なんて事件になっているかもしれないわ。
 そうしたら伍空は大罪人。うーん、つかまったら遠島では済まなくて、打ち首獄門かもしれないわね。ごめんね伍空。(胸の中でそっと手を合わせて)さようなら。成仏してね。
 あら? もしや父上あたりが慌てて勘違いして、あたしと伍空が駆け落ち心中、なんて思っているかもしれないわ。いや、それ普通にあり得ないし。

 つらつらと自分に都合の良いことを考える小袖の横で、嬉しげに瓜の漬物をかじりながら伍空が、電車でGO、を口ずさんでいる。

第三十四回

「ヨシノブ様っ!」
 叫んで殿中奥の奥、公の座したるはずの御息所、大哉主水は手前の広間にまろび入る。
 いきなり何をなさるのです、といいざまチャランボの構えを取った奥女中をやっぱり背負い投げでぶっ飛ばし、主水はだすだすと足袋の足を踏まえる。

 いつもこの刻、御趣味のやぶさめとカメラの研究に明け暮れると言い置いて、すっかり引きこもりモードになる将軍。
 その場所を覗くのは老中と言えど禁じ手であった。

 何卒、ヨシノブ公。お聞き届けくだされ。スペアの者どもが、団結して城下に迷い出つ、特撮チックな戦隊を演じているに御座る。

 がらり。スペシャルロングな襖を一気に開け放つと、四十畳敷きのふざけたフロアのその彼方、ちんまり座って御趣味に没頭する公の姿があった。

 主水、ずずいずいと超速すり足で歩み寄る。
「殿、マジやば候」

 書見台に「カメラの御供」「狩猟ヤング」なぞの雑本を置き、熟読に余念のない将軍にははあ、と主水は平伏する。

「それがしの不調法により、殿のクローンがこぞって脱城、夜な夜な狼藉を働いておりまする。何卒、何卒みどもに彼らの征伐権をば頂けたらと思いはべり候」

 頭上から降る一喝を待つ主水、五分過ぎても話に進展がないのでいぶかしむ。

「あの、殿……?」
 おそるおそる面を上げると、まだにこにこと「狩猟ヤング」をめくっている将軍の姿。

「殿?」
 とりあえず、おもしろフェイスの百面相で主の注意をこちらに向けさせ、同じ台詞を繰り返してみる主水。

「よろしいんじゃないでしょうか」
 殿は言った。言って懐広いいつもの笑みで、ほこほこと主水を見返す。ちょい瞳孔の開き加減が不自然。
 何かヤってるのであろうか、ご禁制の薬草とか猫眼丸とか。畏れ多いことをちらりとかんがみつつ、主水はまた進言する。

「殿、クローンが反乱を起こしておりまする。義賊めいた振る舞いで民衆のハートをがっちりキャッチ、これはお家の一大事かと……」

 見つめるが、ヨシノブ公やっぱりファンタジック笑顔。
「よろしいんじゃないでしょうか」


第三十五回

 む、と主水唸り、切捨て御免も覚悟して公の肩先に手を伸ばす。
 かくん。おかしな音。冷たい感触。

「貴殿、ヨシノブ公ではない……」
 動悸高進し始めて声音のブレる主水、ざ、と半身引いて刀を抜く所作。

「何者だ。そして、殿はどこにおられる」
「よろしいんじゃないでしょうか」

 にこにこ唱える眼前のヨシノブに、ぜってー違ぇーよ、と確信持った主水、よたりと立ってばらりと抜刀する。

「言わねば、斬る」
「よろしんじゃないでしょうか」

 斬。主水の名刀・マイスタージンガーが閃く。
 ぎゃつっ、高い異音鳴り響き、ヨシノブ様の姿した何かの羽織がずるりと切れて落ちる。
 ぱつんと避けた肌色絶縁体の皮膚のむこう、お前はT‐一〇〇〇かぁ! と言いたくなる銀色の滑らかなボディ、ぎらりと輝く。

「ぬ、これは空蝉」
 愕いてヨシノブボディの背後に回る主水。よく見れば思いっきり尻からコードが出て座敷のコンセントにつながっている。
 メカ・ヨシノブ。
 いったい、なぜ。なにものの仕業。

 よろしんんじゃないでしょうか、微笑んでまた言いかける偽ヨシノブの首を、主水は気合いを入れて一刀両断した。
 がっ、と宙を飛んで畳に転げるメカニカルヘッド。
 切り離された胴体はおけさ踊りを踊り、首は「よろしいんじゃないでしょうか。よろよろシィjw@ewphyi、ぷりーず、ぼーまん、あいむあふれいど、でいじー、でいじー」
 などと壊れかけた電脳で謡う。しゅうしゅう回路からおかしなメモリ吐き出しつつ、畳に転がるメカ頭。

 そんな残骸のパチものヨシノブを振り返ることもせず、主水は下手人よろしく刀をぶら下げたまま大広間に進み出る。
 あれぇ、いやぁ、殺人鬼よー! て言うかヨシノブ様がメカで偽者で御座いましたわ! 叫ぶ奥女中に構いもせず、主水はつらつらとオウムの廊下を進む。

 とんでもねぇ。マジこれはおかしいわ、で、御座る。本物のヨシノブ様は、今いずこに。

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