第二十一回

 絢爛豪華なギャルの群れ。笑まいさざめきゆったりと、賑々しくも歩み行く。
 その先頭に立ちたれど、飄々憮然とクールな剣士。道行き増えたる婦女子の軍勢、柳に風と受け流す。

 川越のヴィレッジピープルが、口をあんぐり開けて行列を見守っていた。肥を担いだまま。鋤鍬を抱えたまま。

「あんれまあ。あのお侍様は……」
「はあ、なんだべなあ。あんに娘っ子お連れになってなあ……」
「オラだの娘も、お侍様カッチョイイー、言うてついて行ってしまったべ……」
「オラげの末娘も、そうだべや」

 ほぼハーメルンの笛吹き状態である。
 ひらがなざむらい、墨銅鑼衛門が江戸城の御達しに燃えて関越大路を徒歩でずりずり前進するだけで、見かけたフィメールの本能や煩悩にぼっと火が灯り、我知らず追っかけ化してどしどし追従してきてしまうのだ。

 色っぽい軍勢、すでに千人余り。
 お武家様、ぜひお供に! シャウトしてまろび出る小娘ひとりある度に、銅鑼衛門かなしく目を細めて首を振る。

「おじょちゅう、これはしでのたびになるやもしれませぬのだぞ。やすんじておやごどののもとにおればよい」

「いいえ、いいえ、あたくし、ついていきとうござんすー!」
 銅鑼衛門の魅力にグルーピー化したギャルは身悶える。
 ひらがな・なんて・気ーにーしーないーわ。むしろ俄然わかりやすい。あたし国語2だし。

「ふむ、それも、そなたのみちであろう……」
 ひらがなざむらい、水際立った眼を遠き空に馳せ、断ずる。

「ついてくるがよい。せっしゃがたまわったしょうぐんさまのごおんのために。じーく・ごおん!」

「ジーク・御恩!」
 行列の娘衆が一斉に右手を掲げて叫ぶ。

 ヨシノブ将軍与り知らぬところで、ギャルを満載したお茶目な軍勢がその勢力を伸ばしながら、蝦夷に向かってぐんぐん北上していく。

第二十二回

「お? オメー、なにオンナ仰山連れてんの」
「オレらにも紹介すれ。っつーか、寄こせ。こんの二本差しが、気取っつまってよう、おう」
 
わかりやすくガラの悪い集団、街道をずい、と占拠して道を阻み、おうおうおう、と派手にヨタりながらガン飛ばす。

 威怪異乖同心、と名乗ってバギーパンツに身を包み、異人もすなるリーゼントやら、破戒僧めいた剃髪やら、今どき汚い紅毛長髪の頭を振り振り、単車でげげげげと走り狂っている若年の悪党たちである。主にダムドを合唱しながら。あ、ぱぽんちゃ。ぱぽんちゃ。オレたちプロブレム・チャイルドだぜ。おーるないと・てぃるあいぶろう・あーうぇいっ。ぎゃーおっ。

「ほう、かぶきものか」
 ひらがなざむらい、静かに言って歩を緩める。

「あんだ、歌舞伎カンケイねーっつーの。オレら威怪異乖同心だっつの。おめ、馬鹿か? ひらがなで喋りやがって」
 げはははは、と笑いのめす歯と目と全身が汚いヤングメン。

「いけいけどうしん」

 呟く銅鑼衛門の声に、ワルなボーイズうっと声に詰まって硬直。ヤニ色の顔面がどす赤く紅潮する。

「ひ、ひらがなで言うんじゃねえよっ」
 せっかく漢字でカッコよくネーミングしたチームの名前。そんなにひらがな丸出しに発声されては間抜け丸出し、阿呆の沙汰。

「てめ、このナメやがって……」牛刀やさすまたやスタンガンを構えていきり立つ。

「待てい」

 野良の集団からずずいと進み出る、ひとり目立ってばさらの装束。
 与太者、遊蕩者にはかわりなけれど、いかにもオレ頭目、偉いリーダー、ついてくるのだ言うこと聞くんだぞワタシがいればだいじょうぶんぶくぶん、という風情の若者が周囲を睥睨した。

「おまーら、黙れ。無駄に吠えつくんじゃねー。近藤様に言われたこと、もー忘れたのかよバーカ」

 口調は本人が最もバカそうだが、その巨体の威容、眼光の迫力、どうやらただの乱暴者ではない。

第二十三回

 ほう、と銅鑼衛門も感嘆の息を吐き、同輩の武士にするのと同じ所作でピースサインをした。
「きくんは、いったい……?」

 迫力の荒武者はヘイ、ヨー、メーン! のポーズで両手をばっと開いて腕組みし、太く油断のない笑みでひらがなざむらいをねめつける。

「わしは、原田佐如介だ」
「さにょすけ」

 速攻ひらがなで返されて、さすがの巨漢もむうと唸って赤くなる。そうか、オレさにょすけだったのか。漢字ではイケてると思ってたけど、ヤベーナ、ひらがな表記ダッセー。

「わしは、世が世なれば伊予松山の殿様だっつの」
 神経太いだけが取り柄の佐如介、ダメージからコンマ一秒で回復して鼻息荒らし、腕組みぐんぐん固めてそっくり返る。

「狼藉、脱藩で江戸に逃れ、近藤様の道場に拾われて隊に入った。……あ? おまー、近藤様、知ってる?」

 むろんしっている、と銅鑼衛門は返す。
 近藤様。今をときめく幕府の浪士隊、「フレッシュ倶楽部」の局長だ。
 反動の勤皇志士と血なまぐさい闘いを繰り広げる 勇猛無双の剣士チーム。そのファイトはケーブルでゴールデンタイムにお茶の間にお届けされるほどの大人気。
「あの、こんどうさまであるな」
 その名前が出た途端、銅鑼衛門の後方で地べたに座りこみ化粧直しに余念がなかったギャルの軍勢からきゃああああ! と蛍光イエローの叫びが巻き起こる。キムタク並みの激モテ浪士。

 全員一瞬口開けてお女子の群れを眺めた与太者一同、苦々しげにもじもじしながらひらがなざむらいにガン飛ばす。いいなー。この行列に、オレら入れて貰えねーかなー。

「あんだ、おめー、近藤様知ってんのかよ」
「おう。よくぞんじあげている。……なぜならば、それがしもばくふのつかい。こんどうさまもさにょすけどのも、こころざしおなじゅうするどうしであるからな」

 えーと、えーと、と目玉を斜め上に上げて 今言われた台詞を理解しようと骨折る原田佐如介。がんばれ。
 理解は途中であきらめて、適当なところで折り合いをつける。

「じゃ、オレらダチってこと?」
「ああ。そうありたいものだ」

 もう何でもよくなった佐如介は強面をチーマーの群れに向け、どすんと重たく音声発する。
「オラ! このお人ぁ幕府の志士だっつの。んだからオレら、マジで超速攻この人のチーム助太刀すんぞぉ! いいかゴルァ!」

 脅されるまでもなくウキウキ浮き足だった与太者ボーイズ、いいでーす! と叫びしなに嬉しげに、喜ばしげに武器を収めてギャルの隊列に突進する。

第二十四回

「あーあ、疲れちゃった。今日はこの辺で休むわ。
 どっか適当なところ、三ツ星クラスのホテル見つけて止まってくださいな、俥屋さん」

 出し抜けの小袖の丸投げに、俥屋驚いてきききぃとブレーキを踏む。
 さっきまでとにかく先へ進め進めと喚いていたお嬢さん、飽きたらすぐリタイアっすか。
 あんた、ドキンちゃん並みに気まぐれおなご。
「そ、そう言われても、この藩あたりじゃさすがに宿場もそうそうは……」

 じろり、デュアルマスカラの濃い目線に睨まれて、俥屋とほほとナビを見る。

 あったく、これだからギャル様の道行きは。わがまま放題し放題、ご自身の体内リズムが世間の法度だと思っていなさる。
 んでも可愛いからー、オジサン説教しながらもちょっと負けちゃうなー。

「うるさいわよ、俥屋さん」
 小袖まぶたに欠伸の涙にじませて、ひらひらつれなく振るその手のマニキュア気にかかる。
 やだ、ちょいとネイルがハゲてんじゃん。早くケアしたいわぁ。
「ね、俥屋さん、ホテルはエステティシャンとネイルアーティストが御駐在してる レディース向けの宿場がいいわぁ!
 早く探して俥着けなさいよね」

 ムチャクチャ言い募る小娘の客に辟易しながらも、気の毒な俥屋 それらしき表示をナビ画面に発見する。

 ホテル・ハルシオン。訳せばかわせみの御宿。

第二十五回

「剣士殿!」

 関越大路を北上す、増えに増えたる義軍の勢力。
 ひらがなざむらいにイカレて参入を申し出るのは、発情したおなごと暴れ者だけにはとどまらなかった。
 どういうわけか「直訴」と墨痕鮮やかに、お習字した紙を掲げて走り寄ってくるのは年若きお稚児。
 ふぬ、と眉寄せ訝しみ、すらと立ち止まりたる銅鑼衛門。

 一町進むたびに一人ずつ 参加希望者が駆け込んでくるので、隊の歩みはめっちゃ遅い。
 慣れた後続 はいはいとうなずいて地べたに座り、てんでに携帯を出してメールを打ち始める。

 此度ひらがなざむらいの前にさくりと平伏したのは、横浜F・マリノスのレプリカユニも初々しい紅顔の美少年であった。

「お侍様、お願い申し上げます。拙者、若輩ながら敵討ちの旅をしております。敵は蝦夷地にあり。
 されど、道々で衆道狂いのお坊様に引っ張られそうになったり、売り専のスカウトに声かけられたり、もう怖くなっちゃった。何卒同行をお許しくださいませ」

 ほう、とうなずく銅鑼衛門。
「さがみのくにより、ひとりでこころぼそきたびをしてきたのであろうな。そもじ、なはなんともうす」

「はっ。坤若丸と申します」
「こんにゃくまる」

 うっ、と硬直する坤若丸。ひ、ひ、ひらがなで言われちゃった。恥ずかしいぃぃ。
 しかし若いので立ち直りが早い。

「は、はい。こんにゃくまるです。あだ名はコンちゃんです。にゃっきー、でも、こんにゃタン、でも構いませぬ」

「よろしい」
 ひらがなざむらい、きっと暮れ方の空を睨んで決めポーズ。
「ここでであうもなにかのえん、ともにえぞにむかうがよいぞよいぞ」

「ははあっ」
 敵討ちの美童も吸収し、さらに膨れ上がりたるサムライウォーカーズ。

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