9・ハナマゲってなんですか


「ハナマゲ?」

 あたしは思わず、しり上がりにきき返した。
 ハナマゲ。そう聞こえた。
「うん、ハナマゲ」
 パンダはいつものごとく、のんびりとした声でそうくりかえす。今日は熱っぽいのか、いつもよりも声がさらにとろんとしている。冷たい空気をはじいて、丸いほっぺたが赤く光っていた。

「ハナマゲがね、出るんだって。夜中のコンビニに。おかあさんが言ってた」

「ハナマゲってなんだよ」
 シャークが当惑しきった声で言う。パンダのテンポにはだれもがペースを狂わされるのだ。
「そうだよ。なに言ってんだ。熱でもあんのか、もちやん」
 イーグルは思わず、パンダの本来のあだ名を言ってしまっている。きっとみょうじがモチヅキだとか、なまえがモチタロウだとかいうのだろう。見た目が餅っぽいからかもしれない。
「ほら、頭がぼうぼうのこわい鬼が、泣く子いねがーって来るの、あるでしょ」
「それはナマハゲでしょう」あたしは疲れた声でツッコミを入れる。今日はそれほど元気ではない。
「あのね、それにそっくりなんだって。髪が長くてぼさぼさで、ぼろぼろの服で、こわい顔で、コンビニに来る大男がいるんだって」
「そんなにめずらしくないじゃん」くすのきの根方の砂を蹴りながら、シャークが言う。からんとかわいた夕暮れの神社。風は静かだ。

「それがねえ、すっごく、くさいんだって」

 うれしそうにパンダが言った。ふたごは目をかがやかせて話に飛びつく。
「えっ! くさいの?」デュオで叫ぶ。男の子というのはどうして、そんなにくさいものが好きなのだろう。
「コンビニに入ってくると、ほかのお客さんがみんな逃げだすほどくさいんだって。店員さんはしかたないから、涙を流しながらレジをうつんだって。ずっとおふろに入ってないし、きっとお尻もふいてないっておかあさん言ってた。くさくて、くさくて、鼻が曲がりそうだから、ハナマゲ」
 イーグルとシャークはのけぞるほどに笑い、倒れそうになって大樹にしがみつきながら爆笑している。くさいことがそんなにおかしいのだろうか。
「うわーっ、お尻ふいてないだってよー」
「くさいんだ、ハナマゲ、くさいんだ」
 いつのまにかパンダまでいっしょになってげらげら腹をかかえている。

 あたしは不機嫌で不安で、それどころじゃなかった。
「ちょっと! それと作戦と、なんの関係があるのよ」
 作戦会議だからといって、この神社にあたしを呼びだしたのはこの子たちだ。おかげであたしは、理貴ちゃんにパウンドケーキの作りかたを教える約束を、キャンセルしなければならなかった。

「そうなんだ」

 理貴ちゃんはしずかな声でそう言った。あたしが、ダライ・ラマの暗号を言おうとするのをさえぎって。

 たしかにあたしは、ちかごろこの暗号を使いすぎだ。理貴ちゃんとの約束をほったらかして、小学生チームにばかり引っぱりまわされている。
 秘密厳守を誓ったことがうらめしい。小泉君が謎と神秘にかこまれていることがうらめしい。
 理貴ちゃんにうちあけられたら、もっと楽に、もっと楽しくなるだろうに。
 でも、あたしはみょうなところで義理がたい。小さな子どもとの約束とは言え、小さな子どもとの約束だからこそ、やぶるのはひどくひきょうな気がしてしまうのだ。
 しどろもどろになったあたしを見て、理貴ちゃんは、いいよいいよ、と手をふってとなりの家に戻っていった。ぱりっ、と、なにかが裂ける音がしたような気がした。

 あらびきソーセージの皮が裂けるような、ほんのかすかな確かな音。

 それであたしは気分が落ちつかない。

 クサクサ、などと歓声をあげ、境内を走りまわりながらぎんなんをぶつけあっているふたごよりも、おっとりとしたパンダが先に冷静さをとり戻した。
「みんな、ちょっと」ゆったりと手をふり、メンバーを自分のまわりに集める。

「おかあさんに聞いたんだけど」説明をつづける。よほどおかあさんと仲のよい男の子らしい。
「ハナマゲを、夜中の道でぐうぜん見かけた人がいて、小泉のにいちゃんちに入っていったって言ってるんだって」
「じゃあ、にいちゃんちであばれてるの、ハナマゲかもしれない」シャークが目を大きくして言った。
「わかった、そうしたら、これの意味」イーグルがコートのポケットをごそごそやり、一枚のカードを取りだした。あたしたちは頭をよせ集めてのぞき込む。
「おっ、これテーミスじゃん」シャークが言う。小中学生に人気のあるコンピューターゲームのシリーズで、テレビのアニメにもなっている。イーグルがさし出したものは、そのゲームの登場キャラクターが描かれた、トレーディングカードの一枚だった。
「ラスボスだ」パンダもそうつぶやいて、うなずく。「こいつ強いんだよね。ぜったい倒せないんだ」
「タ・ス・ケ・テ・ノ・ト……」あたしはそのカードの余白に、ごくちいさな字で書かれた、手書きのローマ字をたどった。
「たすけて、乗っとられる。」
 あたしとイーグルは同時にそう読みとり、顔を見あわせた。
「やっぱり、そう書いてあるよな? これ、庭に落ちてたんだ。さっき拾って、ラッキー得した、と思って泥をふいたら字が書いてあった」
 ゲームのヒーローをおびやかすおそろしい敵は、マッチョなアルマジロにフランケンシュタインの怪物の顔がついたようなすがたをしていた。なんの説明もなくても、かなり強いワルモノであることは一目瞭然だ。
「小泉のにいちゃんが書いたのかな。たすけてって」
 ぽつりと言ったシャークに、パンダがはげしくうなずいて同意する。
「きっとそうだよ。にいちゃんテーミスのゲームじょうずだったもの。いつもこのカード、ダブったらくれたもの」

 急速に寒くなったような気がして、あたしたちはくすのきの陰で体を寄せあう。

「ハナマゲって、このラスボスぐらい強いのかな。それで、にいちゃんちを乗っとろうとしてるのかな」
「やばすぎるよ、それ。にいちゃんが“時空のあぎと”とか“血しぶきの波動”でバラバラにされちゃうじゃん」
「ハナマゲはそういう魔法使わないんじゃないかな」
「でもあばれてるじゃん。物こわしてるじゃん。たすけないと、あぶないよ」
「どうやって助けるの?」
 あたしが言うと、小学生の目玉三人分がいっせいに、あたしのほうに向けられた。
「ハナマゲは、だいたい毎週月曜の夜なか二時ぐらいに、そのコンビニにあらわれるんだって」
 パンダの言葉に、ふたごは同時に腕ぐみして、シンクロナイズドスイミングのように首をひねった。

「夜なかの二時は、小学生には出かけられない時間だなあ」
「中学生におねがいするしかないなあ」

「ちょ、ちょっと。中学生だってあんまり夜なかの二時にはでかけないよ」
 あたしはあわてて手をふりまわす。「だいたい、ハナマゲって汚くてくさくて、あばれるかもしれないんでしょう。そんなのをあたしに、つかまえろと?」
「つかまえろなんて言ってないよ」パンダがそう言い、ふたごも「うん」「こいつには無理」などと真剣に言いながらうなずく。こしゃくなやつらである。

「せめて、本当にコンビニにあらわれるか、どんな顔のやつか、にいちゃんちに入っていくかどうか、それがわかったら。手がかりができるから、警察とかに言えるかもしれないじゃん」
「うん。うちのおかあさんも、最近の小泉さんとこはおかしい、おかしい、って言ってる。でも、よそのうちのことには首を突っこめないし、警察もミンジフカイヌーだから動かないって言ってた」
 パンダの説明に、イーグルが眉をひそめる。
「なんだ、ミンジフカイヌーって」
「魔法じゃないの。それがかかってると、警察が動けないんだよ」
「じゃあ、ミンジフカイヌーの呪文がとけたら、警察がハナマゲを逮捕できるわけか」
 小学生三人はうんうんと、納得したようにうなずいた。全員であたしのほうを向き、声をそろえる。
「じゃあ、よろしく」
 そう言われましても。

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