7・イーグル・シャークのひみつ基地
雨がふりだしたのは、あたしたちのチームにとってラッキーなことかもしれなかった。
このひみつ基地からは、小泉家のベランダを見わたすことができる。
干したまま忘れさられたのか、何枚かのタオルが物干しざおにならんで、北風にぷらぷらとゆれているのだ。
雨が本格的にふりだせば、洗濯ものを取りいれるために、家の中のだれかがベランダに出てくるかもしれない。
情報をつかむチャンスだ、と、あたしたちはうなずきあった。
ひみつ基地は四畳半の和室で、ずいぶんりっぱなお仏壇があり、お線香のにおいがただよっている。
おととし死んだひいばあちゃんのへやだったんだ、と、シャークが説明した。
ようするに自宅である。イーグルとシャークの。その一階の仏間にじんどって、ひみつ基地のつもりになっているのだ。
先週、イーグルと名のる少年を追っかけていったときのこと。
テニスコートのとなりにある神社の境内で、同じ顔の男の子がもうひとり出てきたときには、さすがのあたしも度肝をぬかれた。
イーグルが韋駄天のようにかけこんでいったのは、ちいさいけれど能舞台をそなえた、なかなか由緒ありそうな神社だった。ひと気はなく、さんさんとしずかに陽がふりそそいでいる。
おおきなくすのきの所までイーグルを追いかけたところ、木のかげからにゅっ、と、もうひとりの子どもがあらわれたのだ。
イーグルとおなじ黄いろいフリースのパーカーに、あおいコーデュロイのズボン。悪趣味なぐらいにまったく同一のスニーカー。
あまつさえ、顔も背格好もおなじなのだ。
あたしはいっしゅん、シュールな夢でもみているんじゃないかと思った。
ふたりの男の子は、くすのきをはさんで両がわに立ち、なんだかえらそうにあたしを見つめた。
ひとりのほうは、さっきあたしが取りあげたのとおなじ、わりばし鉄砲を右手に持っている。
ようやく、あたしにも事態がのみこめた。
わりばし鉄砲を持っていないほうがイーグルで、もう一方はきっと、ふたごの兄弟のかたわれなのだろう。
「こいつも小泉のにいちゃんのみかただってさ。コードネームはラビット」
イーグルがあたしのことをあごでさし示し、かたわれにそう告げた。
「おれはシャークだ」
わりばし鉄砲を持ったほうがそう言う。
イーグルとシャーク。
のそ、ともうひとりの子どもが、くすのきの向こうから姿をあらわした。
イーグルたちより小柄で、アニメに出てくるこぐまのように丸々としている。とろんとした眠たげな目に、女の子のようにぽってり赤いくちびる。
「あんたは?」
あたしは三人目の子にきいた。
「パンダ」
太った男の子は、のんびりした声で簡潔に答えた。
「ほかには?」
イーグルに向かってそうたずねてみる。
「これで全員だ。おれたちは小泉のにいちゃんをすくうチームだ」
そう言ってからあたしを強い目でにらみ、いいか、ぜったいにぜったいに秘密厳守だぞ、と念をおす。
そのチームとやらに、あたしも入っているということなのだろうか。
あほらしくなり、帰ろうかな、と思った。
しかし、彼らはどうやら小泉君と親しいようだし、みかただのすくうだのと、きなくさい言葉を口にしている。
なにか知っていることはまちがいない。
あたしは秘密厳守をちかい、彼らのなかまとなった。
ひみつ基地である仏間にはささやかな縁側があり、さらにささやかな中庭につづいている。
ぽつり、ぽつりと雨の落ちる、じんちょうげのようなかん木の植えこみがガサガサと動いて、その中から丸っこい顔をした少年がはい出してきた。パンダだ。
パンダの家は、植えこみの向こうがわにある。ガレージの柵のやぶれ目をくぐり抜けると、イーグルたちの家の庭に出られるのだ。
「スイミング教室に行ってたから、おそくなっちゃったよ」
眠そうにパンダは言う。おでこに水泳キャップのゴムのあとがついたままだ。
「おなかすいたから、おべんとう食べていい?」
そう言いながら縁側に上がりこみ、しょっていたリュックからアルミホイルのつつみを取りだした。だれもなんとも言わないうちに、銀紙をむいてむしゃむしゃとやり始める。
食パンでハンバーグをはさんだ自家製のサンドイッチで、なかなかおいしそうだった。見ているとあたしもおなかがすいてくる。
イーグルたちもおなじ気分だったのか、ふたごでごそごそ話していたかと思うと、シャークが(イーグルのほうかもしれないが。このふたりを正しく見分けることはひじょうに困難である)部屋の外に出ていき、しばらくしてマシュマロの袋とかきのたねの缶を持ってきた。
先週も、今週も、このふたごの家にはほかの家族のすがたが見えない。
うち、親、店やってるから。というのがイーグルの(シャークのほうかもしれないが。どうせどちらとも確信がもてないので、てきとうに呼び分けることにする)説明だった。弟たちのめんどうを見るように言いつかっている高校生のおねえちゃんは、休日はいつも遊びに出かけてしまうのだそうだ。
あたしも、家から持ってきたココアビスケットを出し、みんなにふるまった。
お菓子をもぎゅもぎゅ、ぽりぽり食べながら、みんなそろって小泉家のベランダを見あげる。
雨はぽつぽつ落ちつづけているが、干してある洗濯ものが回収されるようすはない。
ブロック塀にさえぎられ、そのむこうにある小泉君の家は、二階の部分がようやく見えるだけだ。
玄関がわから見たのとおなじ印象で、しずまりかえり、人の気配も感じられない。
しかし、チームの子どもたちによると、この家は時として、おそろしいさわぎの大爆発を起こすのだそうだ。
「がらがら声の男がどなってるのが聞こえるんだよ」と、イーグルは言った。
「がしゃん、がしゃん、ばんばん、て音がして。こわれる音とか。ううーって泣く声もするんだ。小泉のにいちゃんか、おばさんか、どっちかわかんないけど」声をひそめて、シャークも言う。
こわいこと。おそろしいこと。あたしは想像して、ぎゅっと身をちぢめる。
ひとつの家の中で家族がどなったり、苦しく泣いたりするなんて。かなしくて許せないことだ。
目と目で怒りを通じさせあい、ふたごとともにきゅうとこぶしを握りしめたとき、ほわんとパンダが言った。
「あそこのおばさんのつくるハンバーグは、おいしいんだよ」
あたしとふたごは思わずお菓子をとり落とし、はあ? とパンダにきき返す。
自分のサンドイッチをいとおしそうにながめながら、パンダが話したのは、こういうことだった。
「あのね。ぼくんちには小泉のにいちゃんちの、台所のあるほうに、ちいさい窓があるんだよ。ごはんの時間にその窓をあけると、前はいっつもおいしい、おいしいにおいがしたんだ。
ぼく、においだけで、おいしいかどうかわかるんだ。だっておいしいものはいいにおいだもん。で、前は、おいしいハンバーグとか、クリームシチューとか、オムライスのにおいがいつもしたのね。でもね、最近はぜんぜん、おいしいにおいしないんだ。まずいにおい。へんな野菜とか焦げたものとか。ここ二ヶ月ぐらいずっと。へんだよ。なにか事件があったんだね」
ゆっくり、ゆっくり話し終えると、満足そうにまたサンドイッチにかぶりついた。
あたしも、イーグルも、シャークも、それについて気のきいたコメントを発することができなかった。
とりあえず黙ってとなりの二階をながめる。
すこしずつ、雨足を強めながら、ねずみ色に暮れていく空。土と葉っぱと、お線香のにおい。
小泉家のベランダには、だれも姿をあらわさない。
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