11・道にパンツが行き倒れ
もんだいを整理しよう。いち・にい・さん。
小泉君の家が、なにやらふつうではない事態になっているということは、おぼろげながらも確信できた。しい・ごお・ろく。
そこにはバイオレンスが発生している。しち・はち。
トレーディングカードにしるされたメッセージ。きゅう・じゅう。
“たすけて、のっとられる”
ハナマゲ、とうわさされる怪人が、小泉君の家を乗っとろうとしているのだろうか。ええと、十一。
ともかく、ハナマゲを確認すべし。十二。
それが、ちびっこチームからあたしへの、ハードな指令だ。十三。
しかし、あたしはこわい。十四。
くさくてこわい顔のあやしい人間に、十五。積極的に会いにいきたいと思うほどあたしはタフじゃない。十六。
タフ。理貴ちゃんなら、動じもせず立ちむかうかもしれないけど。十七。
なんとか、チームのひみつをもらさずに、理貴ちゃんにこれを相談することはできないかな。十八。
……。
理貴ちゃん。十九。
ちびっこチーム。二十。
そうだ、理貴ちゃんが、チームのメンバーになればなんの問題もないんだ。二十一。
「にじゅういちっ」
あたしはそう叫んで、ねころがっていたベッドからがばりとはね起きた。天井のマス目を数えながら考えごとをするのが、あたしのくせなのである。
天井にならんだしろいパネルを左から右に、上から下に、順々にながめながら、考えを追いかけていく。すると、なんとなくコースが見えてきて、だいじなことがパパッとひらめいたりするのだ。
理貴ちゃんをちびっこチームに迎える。こんなかんたんなこと、どうして今まで気がつかなかったんだろう。あたしは自分にふくれっつらをしてみせる。コットンの部屋着に毛糸のカーディガンをひっかけて、さっそくおとなりの家にむかう。
理貴ちゃんはるすだった。
「なんだかね、商店街のほうに出かけてくるって。ほら、今お料理にこってるから、材料の買いだしじゃないですか」
玉手さんが玄関に出てきて言う。あたしは妙にしょげてしまった。
これまで、あたしの知らないうちに、理貴ちゃんがじぶんの用事だけで、まったくなにも言わずに出かけてしまうことがあっただろうか。ほぼ、なかったのだ。それこそ、ダライ・ラマの暗号を使わないとプライバシーがたもてないぐらいに。
すごすご帰りながら、あたしは考えた。
あたしが秘密を持ったら、理貴ちゃんも自分の世界をつくりはじめた。
あたしがちびっこチームのひみつを打ちあけたとして、もとのような仲にもどれるだろうか。
なんとなく、だめなような気がした。
生まれつきの、いちばんの親友であることは、まったく変わらないだろう。
でも、あたしたちの仲の底にあった、「ふたりでひとつ」な気持ちは、変化してしまった。
今のあたしたちは、なんとなく、ひとりとひとりだ。どんなに仲がよくても。
自分の家にもどり、後ろ手にドアをばたんとしめるとき、いつもよりずいぶん大きな音がした。
秋の道と冬の道はふみごこちがちがう。おなじアスファルトなのに、なんでだろう。
きょうのはあきらかに冬の道だ。地面はかちかちにかたまって、靴のなかでは足の指がしぜんとちぢこまる。畢竟、歩きにくい。
理貴ちゃんのるすでおもわぬ衝撃を受け、じっとしていることができず、着がえて夕方の町に飛びだしてきてしまった。コートを着、さいふをつかんで。
家を出てやみくもに数歩あるいたところで思いついた。ほかのメンバーを加えることを、ちびっこチームのみんなはどう思うだろうか。あたしのひとり決めで話を進めてはいけない。ききに行ってみよう。
ふたごの家の玄関には、しろいミニスカートをはいた派手めの女の人が出てきた。この人が、すきあらば遊びに行ってしまうおねえちゃんなのだろう。ナンデスカ?と問われて、あたしは言葉につまった。そう言えばあたしは、イーグルとシャークの本名を知らない。
「…しょ、小学生の、島尾くんはいますか」
あたしは苦しまぎれに、表札にあるみょうじを言う。おねえちゃんはくるりと後ろを向き、「くうたー、かいじー、お客ー」と、どなる。
どっちの弟に用事? と、きかれもしなかった。もしかするとおねえちゃんにも、見わけがつかないのかもしれない。
二階へつづく階段からどどどどという音がして、イーグルとシャークが、くうたとかいじが墜落するようにおりてきた。おねえちゃんはさっさと奥に引っこんでしまう。
「おっ。同志ラビットじゃん」
「なに、ハナマゲのことわかったのか」
あたしは違うちがうと手をふり、新しいメンバーを入れてもいいかとたずねた。
「小泉のにいちゃんのみかたならかまわない。でも、おとなはダメだ。おとなはすぐバラすから」
あたしは大丈夫だと請けおった。
用件はかんたんに終わり、あたしは小泉君の家のあるブロックをひとまわりして、はい色っぽい夕景のなか帰途につく。冷めてかたいアスファルトの、ふみごこちを確かめながら。
いきなり、視界にパンツが飛びこんできた。
男ものの、トランクス型のパンツが道にいき倒れている。濃いはい色。一ヵ所にパイナップルのもようが入っている。
あたしは思わず立ちどまり、まじまじとパンツを見おろした。感動したのだ。よく道に手ぶくろやサンダルが落ちていることがあるが、パンツというのははじめてだ。落とした人はどういう状態になっているのだろう。
視線をのばしてパンツのむこうを見ると、数メートルさきに、電気ひげそり機が落ちていた。
さらに先を見ると、ちゃ色のくつしたがひと組、そろって路上にねそべっている。
どんどん先のほうを見ると、つめきり、みみかき、ハンカチなどがつぎつぎと落ちていて、遠くには、大きなリュックをしょった男の人がひとり。今しもなお、リュックの底にあいた穴からシャツらしきものをだらんと落としつつ、気づきもしないでとぼとぼと歩いていくのだ。
あたしはあせった。
ひげそりやくつしたを拾いあつめながら(パンツだけは、なるべくさわりたくないので指先ではしっこをつまんで)、「ちょっとおお! 落としもの!」と叫びながら走る。
男の人は気がついてふり返ったが、その拍子にシャツを道に落とした。拾いあつめようとうろうろしたあげく、よけいにぼとぼとと生活用品を道路に振りまいてしまう。
「いいから、動かないでそこにいてくださいー! リュック、リュックの穴―!」
あたしは雑多な落としものを回収し、その人のところにはこんであげた。
くたびれた感じのおじさんだ。カビたあんぱんがメガネをかけたようで、人はよさそうだがどうにも風采があがらない。
「いやどうも、もうしわけなくて、スミマセンで、ほんとうにありがたいです」弱りきったようすでぺこぺこ頭をさげる。リュックをさかさにし、そこから落としものをつぎつぎに詰めこんでいく。
こんどはリュックのふたが勝手にひらき、そこからまた物がこぼれ落ちてしまった。
はああああ、と、おじさんは世にもなさけなさそうなため息をつく。本当に疲れはてているようだ。
「あのですね、大変に申しわけないのですが、ひとつお願いできますでしょうか。あちらのほうに、コンビニエンスがあるでしょう。もしお急ぎでなければ、おおきな紙ぶくろか、ビニールバッグを買ってきてもらえないでしょうか」やたらていねいにさいふを差しだして、拝むようにする。あたしは気の毒になった。
ハナマゲ出没区域であるコンビニで、大きいじょうぶな手さげぶくろを買い、戻ってくると、あんぱん似のおじさんは道ばたに座りこんで、しょんぼりたばこをふかしていた。
あたしに気づくと、たばこを消して立ちあがり、なんどもおじぎをする。
あたしはさいふとバッグを渡した。
「ありがとうございました。なにかお礼をさせていただきたいのですが……」
ずいぶんばかていねいなおじさんだ。あたしは、いいですと言ってその場を立ち去ろうとした。
「あの、もし」
古めかしい呼びかけで引きとめられる。
「お嬢さんは、中学生でしょうか」
あたしはうなずく。
「それでしたら、ぜひ教えていただきたいことがあるのですが。いまの中学校では、やはりいじめというのは多いのですか」
あたしが知るかぎり、派手なのはない。でも、なんとなくなかまはずれだったり、あてこすりや悪口を言われている子はいる。そういうのって、やられるほうにしたらすごくいやなことだろう。
「あると思いますが、そんなに、すごくはやってるってわけでもないです」あたしもつい、ていねいに答える。
「その、いじめですけれど、呪いをかけるいじめ、って聞いたことはありますか」
「はあ? のろいぃ?」
思わずすっとんきょうな声を出してしまう。呪いをかけるいじめ? なにを言いだすのだ、このおじさんは。
「いや、おかしなことを申しました。いいです、いいです」おじさんはあせって両手をせかせかと振る。
「でも、もしですね、そういううわさをお友だちから聞いたり、ということなどありましたら、ぜひぜひ、教えていただきたいのです」形のくずれたスーツのポケットから、小さな白いカードを取りだす。
「社のほうにご連絡いただけるとたすかります。自宅にはおりませんので、こちら、名刺のうらに、宿泊しておりますホテルの電話番号を書いておきますので」
あたしは名刺を受けとったまま、ぼーっとつっ立ってしまった。まるでビジネストークをしているみたい。名刺をもらったのなんてはじめて。おとなっぽい!
よろしく、よろしくおねがいいたします、とおじさんは頭をさげ、手さげ袋に穴あきリュックをつめて立ち去って行った。
かなり時間がたってから、あたしはハッとわれに返る。はい色の空に夕やけの赤みがさしている。
あたしはようやく名刺を見た。
そこにはこうあった。
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・株式会社 ジェー アンド アール
・広告企画誌『ぷらっつ』編集部
・ 小泉 克治
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