漫才未満・ふたたび


「どうも、こんばんはー」
「日も暮れないうちにこんばんはって、キミは夜の帝王か」
「こないだ『おはようございます』言うたら怒られたから、ボクも学習したんやないですか」
「ボンソワ−ルぐらい言えないのかね」
「それナニ語です」
「ああ、愚かしい。ゆとり教育の弊害」
「うっさいです、ボクかてグーテンアーベントぐらい言いますよ」
「アッハ、ヤー、ディフラゥライテトアォフアイネムプフェルトデュルチデンヴァルト」
「うわ、さくさくドイツ語喋らんといて。・・・なんて言ったんですか」
「『その女性は馬に乗って森の中を通っていく』」
「例文!? 意味、わからん!」

「いやあ、もう、会いたくて会いたくて」
「え、ええー?」
「もうどうしようもなく、気になって気になって」
「あらー、まじですか!? どないしょう」
「ネタの続きが」
「そっちか!」

「ユニット名『変人未満』がね」
「お互いピンでいく、ていう話まででした」
「コンビ解散後、ニシくんのほうは流れ流れて地方巡業、ドサまわり」
「それボクですやん。かわいそう」
「ヒガシさんのほうはもうバラエティに歌番組にひっぱりだこ」
「その妄想、自分にだけ都合いいですね」
「もうレギュラーもらった」
「なんの!」
「『妄想ドキュン!イタい女の激白一人旅』」
「つまらなそうや」
「朝4時45分からだ」
「誰も観ない!」
「スポンサーは日本精神病理学界」
「ますますイタい!」
「脱ぐかもよ?」
「いらん!」

「ニシくん今日はずいぶん格好いいねえ」
「え? ほんまですか? べつにふつうにして来たんやけどなあ」
「いやその、伸びすぎた髪とか」
「ああ、ちょっとワイルドですか」
「袖の伸びたシャツとか」
「だらしな系って感じでオッケーでしょうか」
「ろくに風呂入ってない感がみなぎる体臭とか」
「ああ、て、姐さんむっちゃボクのこと馬鹿にしてるでしょう! 身じまい悪うてすいませんでしたねー、だ」
「いや、そこがおいしい」
「おいしいんや」
「かわいそうな子丸出し、連れたあたしの貴婦人ぶりが際立つ」
「貴婦人気取り!」
「おほほ、よろしくてよ」
「似合いません!」

「今日、いきなりイジメ入ってませんか」
「ごめん」
「ふつうに謝られても」
「かわいいからイジメるんだ」
「あらー」
「キミも弟いるだろう」
「あ、はい。リョウくん。たしかにかわいいからイジワル言うたりしてしまいますね」
「そこだ!」
「どこです!」
「紹介して!」
「はあ?・・・リョウくんを?」
「早く!」
「早く、て」
「詳しく!」
「詳しく、て」
「つまびらかにー!」
「・・・いきりたたんといて。リョウくん、彼女いてますよ」
「じゃあ、捨てて!」
「誰をです、捨て猫やないんやから」
「もう、いっそのことあたしを捨ててー!」
「落ち着いてて。ほんまに姐さんのことそのへんに捨てますよ」
「そこの、男子校の正門前に捨ててくれないか。『半額セール』って書いて」
「だいぶギリギリっぽいですね」

「冗談はこれぐらいにして、さあ遊びに行くか」
「ああ正気に戻った。よかった」
「・・・油断するなよ」
「ニヤニヤしないでください、怖い!」
「真の恐怖はこれから始まるのだ」
「どんなツアーですねん、怖いて!」
「・・・それがニシの最後の言葉となった」
「だから、怖いて!」
「ぼよぼよぼよ」
「なにそれ」
「効果音」
「怖くなくなりました」
「感謝は、いらない」
「してないです」
「拍手は?」
「しませんから!」

「はい、また渋谷ですー」
「もう109のハナシはいりませんからね」
「じゃあ、009」
「サイボーグですやん」
「007」
「スパイですやん」
「殺しのライセンス」
「あんなん、ほんまにあるんですかね」
「あたし仮免」
「ええ!」
「実技が難しくて」
「どこに教習所が!」

「ここから私鉄に乗り換えます」
「あれ、これて電車のラインが青やらミドリやら。いちいち色が違うんや、おしゃれですねえ」
「井の頭線占いー」
「え、占いなんや」
「ラインがピンク色の急行に乗ったあなたは!」
「あなたは!」
「お花見に行くとラッキー。桜もちを食べると色っぽいラブチャンス」
「ああ、桃色な感じですねえ」
「ラインがムラサキ色の各停に乗ったあなたは!」
「はい、あなたは!」
「心停止」
「うそ!」
「花見で浮かれてつめたい池に飛び込み、心臓、きゅいっ、と」
「あぶないですやん!」
「皆の見守る前でだんだんと唇から顔色からムラサキ色に・・・」
「かなしい話、やめて!」
「クラスメイトの叫び声、吉田、死ぬな吉田ぁー!」
「吉田て誰です」

「ボクこないだ初めて小田急線に乗りましたよ」
「吉田くんと?」
「そんな人知りません、乗ってたら外に、ウマが見えてびっくりしました」
「成城学園の乗馬クラブだ」
「あ、おハイソなんやあ」
「その先乗っていくと、玉川学園の農場のヒツジが見えてくる」
「そうなんや、東京なのに農場とかあるんですねえ」
「山沿い抜けるんで、サル、見えるときもある」
「自然豊かですねえ」
「ニワトリとか、イヌとか」
「それはふつう」
「イノシシとかネズミとかウシとか」
「え、イノシシも出んねや」
「トラとかウサギとか」
「え、と、虎!?」
「それから、ドラゴンとか」
「それ、干支じゅんばんに言ってるだけでしょう!」

「小田急でどこ行ったの」
「いや、これ乗ってったらどこ着くんかなあ、と」
「ただのヒマ人だ」
「いろいろ探検してるんです、多摩川に着いたから河原で遊んできましたよ」
「ひとりで。一人っきりで」
「強調せんといてください。天気もよくて、爽快やったなあ」
「一人フリスビー」
「そんなんしません。さみしすぎるでしょ」
「一人暗黒舞踏」
「せんて! 写真撮ったり、ぷらぷら散歩したり、昼寝したりのんびりと」
「そこに鉄砲水!」
「うわー流されるー!」
「濁流に呑まれたニシの遺体は、二度と見つかることがなかった」
「やめて」
「クラスメイトに見守られて息を引き取った吉田くんのほうが幸せだ」
「だから、それ誰!」

「あれ、井の頭公園て過ぎてしまいましたよ」
「終点の吉祥寺で降りて、お団子でも買っていこう」
「わあ、花見ムード盛り上がりますねえ」
「誰が花見だと言った」
「え、違うんですか」
「象見だ」
「なんで象!」
「井の頭自然文化園で、鬱病の象を見ながら黙って団子を食べる」
「そんなん求めてません、鬱病の象て何です」
「吉祥寺名物、客に尻を向け続ける病んだ象のハナコさんだ」
「いややー」
「象さんのおしりはおっきいな♪」
「歌わんといて! ボクふつうに桜見るのがいいです!」

「うわ、めっさ混んでますねえ」
「だから花見より象見のほうがいいと言ったのに」
「混んでても花のほうがいいです、あ、あのステージのあたりちょっと空いてますやん」
「ああ、あの鑑識ポイント」
「またイヤな感じのこと言いますね、あのあたりが何なんですか」
「去年、あそこで自分に灯油かけてファイヤーした人が・・・」
「やめてー!」
「ちょっと人型に煤が残ってるけど、気にしなければいけるんじゃないかな」
「いけるてなんです、他のところにしますわ」

「わーい、乾杯ー」
「元気でいいねえ、ニシくんは」
「姐さん元気ないですやん、なんかありました?」
「昨日、ふられた」
「あらまあ」
「ささげ尽くした」
「ひゃー、痛いぃ。姐さんけっこう尽くすタイプなんですね」
「そりゃもう。高い食事したり、服だの靴だの、何でも欲しいもの買ってねえ」
「うわあ」
「自分のを」
「はいー?」
「相手のカードで」
「・・・喰いつくすタイプですやん、そらふられますて」
「利息は払ったのに!」
「全額払えて!」

「こっわいなあ、姐さんは。ボクにはたからんといて。お金、ありませんから」
「がっつり知ってる」
「あっさり言われるとオチますねえ、ほら、どんどん呑んだってくださいよ」
「生茶、ウマー!」
「お茶飲んでどうするんです、ほらビール」
「旨茶、ナマー!」
「意味わからんわ、ほら買うてきたお団子さんも食べて」
「団子はサン付けでビールは呼び捨て!?」
「そこ、激昂するポイントと違いますから」

「桜キレイですねえ、満開や」
「梶井基次郎いわく、桜の木の下には・・」
「ああ、みんなそれ言いますね」
「・・・地雷が埋まっている」
「違うやろ!」
「・・・下着だったかな」
「よけいに違う! どんな光景や!」
「『し』まで合ってる?」
「『した』まで合うてます」
「したびらめ」
「そんな生臭いもん埋まってません」
「したっぱ?」
「ヤーさんが手下を生き埋めに・・・て、違うでしょ」
「シタール」
「インドの楽器や」
「思い出せないなあ、何文字?」
「三文字です」
「・・ああ!」
「ようやくわかった」
「桜の木の下にはジダンが埋まっている」
「埋めんなや!」

「あほなこと言うてたら寒くなってきました。移動しましょ」
「象はあっち」
「行きません、ボクCDとか見たいですわ」
「じゃあ、HMVでも」

「あー、DVDもたくさん置いたありますねえ、欲しいのあるけど、高いわ」
「踏み台に乗って取ったらどう」
「だれが場所の話してます、値段がです」
「映画とかけっこう観るの」
「ビデオ借りたりして。こっち来てからケーブルでやってるようなやつ、ちょくちょく観ますねえ」
「どんなの観た」
「昨日はたしか、『ポンヌフの恋人』とかいうのやってました」
「ああ、橋の上でホームレスがイチャイチャするやつ」
「そんな話!? おとといは『薔薇の名前』やってましたねえ」
「ああ、修道院で坊さんがイチャイチャするやつ」
「ぜんぜん違います! 姐さん映画の読解力ゼロですか!」
「なにしろ観てないから」
「知ったかぶりやったー」

「CD、欲しいのんありませんでした。そしたらご飯行きましょか」
「思いっきり飲み屋の前で立ち止まってるねえ」
「姐さんが飲まないはずないでしょう」
「この店、おいしそうかも」
「いやそこ23時で閉店書いたあります、こっち朝までや」
「うわ、終電逃す気まんまんだし!」
「せーやってーウィークリーマンション帰ってもぉービデオー観るくらいしかぁすることないんですもんー」
「道倒れて手足ばたばたさせないで、わかったから、つきあうから」
「よっしゃー小さくガッツポーズ」
「じゃあーこっちはー大きくXジャンプー」
「なんで!」

「で、いつまでこっちにいるの」
「はあ、来週末までですねえ。月半ばには大阪で研修始まりますから」
「長い春休みでしたこと」
「ほんまや。ひと月以上東京で遊んでたわ」
「いちいちつきあうあたしも何だったんだか」
「まあ、飲んでくださいよ」
「生茶、ウマー!」
「ビールですてば。・・・いよいよコンビ解散や」
「これからはピンでいくわけですが」
「前回からそれ言ってますけど」
「ほんとに、頑張りなさいね」
「・・・ハイ」
「寂しくなったら、吉田くんのことでも思い出して」
「知らん人です!」
「たまにはメールしなさいよ」
「ハイ」
「新しい仕事、大変だろうけど」
「ハイ」
「知らない人ともうまくやるのよ」
「ハイ。・・・ボク、頑張ります」
「・・・」
「・・・」
「で、来週ですが」
「あっ遊園地行きましょう! フリー・フォール乗りたい乗りたいー!」
「・・・なんか、しんみりして損した」


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