落語・ゆうれいタクシー
えー、まいどばかばかしい・・・。
(お辞儀)
てなこと言って席のほうを見ますと、かならず一人二人つられて頭下げてるお客さんがいらっしゃいますな。
いやもう腰が低い、礼儀正しいにもほどがあります。
ええー、人間、「実るほど 頭を垂れる 稲穂かな」なんてことを昔から言いますが・・・
見料を払ってあたくしのハナシを聞いてやろうかっていう御仁が、
そんな簡単に頭さげるもんじゃありません。
もっと威張って。ほらほら。あたくしが頭、こう下げたら、ほらもっと、反対にそっくり返って。
「うわっはっはー、聞いちゃろうやないかい。コラ」
ふんぞり返って天井見上げて、腕、どーん組んで、足、がーん前に上げて、
ハイそれくらいの姿勢でもう、威張りかえっていただかないと。
あたくしら、逆に芸を聞かせて見返してやろうってな気合が沸かないモンでございます。
ハイではもういちど。
まいど、ばかばかしい・・・。
(お辞儀)
って顔上げますと、何人かのお客さんがそっくり返りすぎて、両脚を天井に向けてひっくり返っていらっしゃいますな。
まあまあ、それでよろしい。あっ、そこのオニイサン、勢いよく頭から床に落ちすぎて白目むいてるね、
ああおかしなイビキかいてるね、そら脳挫傷だ、係さんちょいと医務室に運んでやって・・・。
なに医務室がない? こんな場末の寄席に医務室や保健室があるもんか?
あるのはせいぜい事務室? 保険の取立てが来てる室? ああそこでいいよ、
生命保険かけといて、あ、あたくしの名義でね!
なんてことを、まあ、くだらないマクラですな。
今日はそういう、威張った人と腰の低い人の噺でして・・・。
どこの世界にも、え、威張った人間というのはいるもんですな。
あたくしは先日、タクシーに乗りまして。
乗るなり運転手、煙草ぷーかぷーかふかしながら、振り返りもせずに
「どこっ」
怒ったように言います。あたくし恐縮して、
「ええと千代田は二番町界隈の貧乏長屋をてってってってっと歩きますと、春には菜の花咲く花壇の横に小路、そこをついつい進みますと堀川沿いに“大藪産院”てのがございまして・・」
自分の出身から始めてしまいました。
運転手、いらいらして遮って、もっと無愛想に言います。
「違う違う。どこっ。どこ行きたいのっ」
あたくしさらに恐縮して、
「そうですな、この季節なら京都嵐山、日光なんかも行ってみたいもんですね。あとは生涯いちどはナポリがみたい」
自分の行きたいところ言いましたら、運転手じろっとこっちをにらみまして、
「くだらねえこと言ってねえで、さっさと乗る乗る。どこよ。どこ走ればいいのっ」
ますます怒るからあたくし小さぁーくなりまして、こう、ふらふら糸こんにゃくみたいに揺れながら乗りまして、
「この通りをまっつぐ行ってくださいませ・・いやもう曲がってとか止まってとか難しいこと言いませんから・・」
乗り込んで、肩きゅっとちぢめて両手を、膝に置いたら怒られそうなもんだから、
前にこう、だらりと幽霊みたいに垂れたまま、じっと座っておりました。
があー、と、車が出ますな。
あたくし手をこうしたまま、スピードでひっくり返るほど身体が後ろに押しつけられます。
またこの運転手さんの運転が荒い荒い。
右に、左に、があー、と揺れるたびあたくし、手がこう、のまま右に左に、ふらあーりふらあーり。
ただでさえ鶴のようにやせた、いえ鶴が怒りますな、白鷺のようにやせた、いや白鷺も怒りますな、
そうしたらミソサザイ、アオカケス、ヒクイドリ、アオイソメ、ミソゴボウっ。
・・ゴボウのようにやせた爺さんが手を幽霊のようにふらふらさせてるもんですから、さすがに、
威張った運転手もきびが悪くなったのか、ちらちらとバックミラー越しにこっちを伺います。
だいぶ走ってから、ようやく聞きました。
「どこよ。どこまで行くの」
あたくし、意地悪な運転手が怯えたようなのが面白くて、つい。
「・・青山墓地まで・・・」
にやあり笑って暗あい声で、言ってやったんでございます。
ますます気味が悪そうに、少し青ざめてる運転手。
幽霊の手つきでふらふら揺れてるあたくし。
沈黙に耐えかねたのか、運転手、カーラジオのスイッチをぱちりと入れました。
音楽の番組なのか、陽気なヨーデルが流れ始めますな。
ほっとした様子の運転手、の後ろ耳もとに口寄せて、あたくし思いきりかすれた声で、
「♪幽〜霊、幽〜霊、幽〜霊ヒ〜♪ 幽〜霊ヒ〜♪ 幽〜霊ヒ〜♪」
歌ってやったんでございます。
運転手、気丈にごほんと咳払いして、
「お客さん、あんたどこ・・どこ住んでんの」
あたくし、高井戸、と答えるつもりがラジオに消されて、
「・・井戸の・・・」
そこの横道曲がって行くとうちの方面ですよ、というつもりで、
「そこ・・・」
運転手の首筋がぞわっと鳥肌になるのが見えました。
「・・井戸の底!?」
いやいやその交差点の梅晴町、天神さんのほうに・・・道順で言うつもりが、ごろごろ喉がしわぶいてしまいまして、
「こ・・さて・・うめ・・れ・・て・・」
運転手の耳の後ろが真っ青になってます。
「殺されて埋められた!?」
こうなるとあたくし面白くなってまいります。
さっきまで威張ってた運転手、おびえてちらちらと、まさか幽霊乗せちまったんじゃないだろうな・・
そういう顔で、ミラー越しに見ているもんでございますから。
「運転手さん・・・」
細ぉい声音で言ってやります。ひいいいっ。運転手すくんで思わず急ブレーキ踏みますな。
「青山墓地に行く前に・・・千駄ヶ谷トンネルを通ってくださいましな・・・」
はいっ、はいっ、運転手言われるがままに車を急発進させます。
「そこが・・あたしの・・・んだ・・とこ・・・」
前に住んでたボロ屋敷のあるところですが、運転手あんのじょう聞き違えて、
「死んだところっ!?」
肩すくめてぶるぶる震えだしてる様子です。
おとなしくなって車進める運転手、の後姿にあたくしそっと寄って、
にひいい。いやあな笑いをひとつ見せて、
ちょうど千駄ヶ谷トンネルに入ります心霊スポットで有名なところですな。
黄色く照らすあかりにあたくしの顔が、もう凄んで浮かび上がったり消えたり。
かたかた震えている運転手の頬ぺた、に、あたくしこう、冷たい手をぴたっ、と。
「ひいいいいっ」
トンネル怖ろしい速度で抜けて運転手、道はしにきゅううう、とタクシー止めて、
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・」
成田さんのお守り握って念仏となえております。
「運転手さん・・あんた・・・」
あたくしひんやりした声、出して耳もとに囁きかけます。
「ひいっ、勘弁勘弁! なにとぞ成仏・・」
威張ってた運転手の怯えた様子、おもしろくてあたくし、さらに続けます。
「こんな月のない夜、よもやこのあたりで・・・」
がたがた震える運転手、の肩にひたりっ。冷たぁい手のひらを置いて、
「よもや誰かを、よもや誰かを、え、はね殺してはいないだろうかいっ」
うわあああっ、すっかり魂消ってこちら振り向き、手を合わせる運転手、
「すいません、ありゃあ事故だったんだ、やむなかったんだ、こちとらもお客を乗せていたから、つい・・」
なにやら告白はじめます。思い当たることが、あったんでしょうな。
そしたらこちらも勧善懲悪、さらに運転手を問い詰めます。
「・・お客を乗せていたから口裏あわせて、今はねたモンのことはなかったことに、しようと、したんですな!」
ごめんなさいごめんなさい、運転手もう真っ青で平身低頭です。
「なんたる不埒。なんたる不人情。え、ひき殺した罪を夜半の雲かと見えない素振り、許すか許さないかと問われたら・・・」
許してください許してください、もう運転手泣きの涙でございます。
「許しましょう」
あたくし言いました。運転手、ぽかんとして。美しくもなく泣き濡れた顔、は? と上げます。
「あんたの所業、見なかった、聞かなかったことに、いたしやしょう」
はあ? と運転手なみだを止めて。おそるおそる訊いてきます。
「お客さん、あんた、何を言い出すんで?」
あたくし、ひひひっと笑って言いました。
「なにしろこのあたくし。本日この日、じつは仕事をクビになりまして」
ははあ? とますます運転手、わけがわからず身をすくめ。ようようこちらを振り向きます。
「次の仕事がまだ未定。身の振りかたも、決まっておりません」
お客さん、あんた、いったい・・・尋ねる運転手に、あたし一言。
「身の振りかたが未定。これが、ほんとの」
(一拍おいて)
「未定の身の振り。・・・みてのみのふり。・・見て見ぬふり。で、ございます」
(お辞儀)
「おあとがよろしいようで・・・」
<完>
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