漫才未満・ブラック



2006年・春


「どうもー!こんにちはー!」

「しっ」

「・・なに姐さん口に指あててシリアスな顔してますねん」

「目立っちゃだめよ!声をひそめて!」

「警察にでも追われてるんですか」

「このサングラスで、顔を隠して」

「うわ、ボクも隠れるの?姐さんなにやらかしたんです」

「このトレンチコートも着て襟を立てて」

「ハイ。・・・て、今もう春ですよ!暑いですやん!」

「全身を隠してカモフラージュを」

「こんな夏日にコート着てたらよけいに目立ちますわ!」



「じゃあ迷彩服で」

「ハイ。カーキ色のヘルメットもかぶりましょうか」

「頭にどっさり草や枝をトッピングして」

「ああー、草むらになじんでね。顔も土色にぬりますか」

「そしてほふく前進」

「こうですかー!」

「もっと姿勢を低く!」

「塹壕に身を潜めて。・・て、だからよけいに目立つ言うてますやろ!」



「新橋の駅前で、ほふく前進してたら本気で職務質問されますわ」

「迷彩服でも見つかる?」

「せめて、市街戦用の迷彩にしましょうよ」

「しがいせん?」

「太陽光線と関係ないハナシですからね!シティでバトルするほうの市街戦ですからね!」

「ああ!」

「ポンと手を叩いて納得しないでください」

「UVカットをまだらに塗って、迷彩模様に日焼けするのかと思った」

「そんなんしてドコにまぎれるつもりです!」

「・・人種の境界線?」

「いきなり政治的にあぶないこと言わんでください!」

「・・あの夏とこの冬の・・見えない境い目に?」

「詩的なことも言わんでいいです」

「・・ガン黒ホストと美白マダムの越えてはならない一線に?」

「もう姐さん、どこでも好きなとこ勝手に潜んでください!」



「姐さんいったいナニがあったんです」

「追われてる」

「うわあマジで!・・自首しましょう」

「あたしが犯罪したわけじゃない!パパラッチよ」

「ええー!」

「しっ!この“塀のもよう”の布を広げて」

「なんでこんなもん持ってるんです」

「その陰に身を隠すわよ!」

「・・忍者のつもりか!目立つわ!」



「“水蜘蛛”も用意したんですけど」

「水面あるく忍者の道具もってどうしようと」

「そこの噴水の水面、つたたたたー」

「見物人あつまります」

「“まきびし”とか」

「このトゲトゲ撒くつもりですか!ほんま通報されますわ」

「“五色の米”」

「なんです」

「道にまいて、色と数の暗号で隠れ場所を知らせる」

「じぶんで居場所あかしてどうするんです!」

「あと、この細かく切ったアルミ箔まくと、空軍のレーダーがかく乱されると聞いた」

「相手、ステルスかなんかで空から攻めてくるんですか」

「それから、これ」

「なんです、この手帳」

「水に溶けるふしぎな“スパイ・メモ”」

「昔のおもちゃや!姐さん身を隠すイメージいろいろ混乱してますやろ!」



「パパラッチてほんまですか」

「今トレーナーで付いてる新人モデルの子と、ろくでもない噂を立てられてて」

「姐さんそんなん手ぇ出したらダメですやん!」

「出してない!あたしの過去のキャリアまで引っぱって、スキャンダルっぽく書くつもりらしい」

「執念深い人いるんですね。姐さんがモデルしてたの30年くらい前でしょう」

「ああ、グーで殴ってもいい?」



「ほんま殴るなんてひどいですよう」

「軽いジャブでしょ、キミこそレディに対して失礼な」

「そらすんません、でも世の中にはずいぶんネタのない記者もおるんやなあ、て・・」

「ああ、もっぺんグーで殴るね。裏拳で」



「そういう気楽なこと言ってるニシ君も、いつか同じ災難に遭うの」

「いややなあ、でも世間に顔の出る仕事ですし、ナニあるかわかりませんね」

「ってか今あたしと一緒にいる時点で、ばしばし盗撮されてるおそれあり」

「うわ、ボクもう渦中の人!?」

「・・なんで楽しそうに」

「目のところ隠した写真で週刊誌のりますかね?今ピースして笑顔したら写されますかね?」

「載りたいんかい!」



「やって、疑惑になりようがないですやん」

「いやいや、火のないところに煙を立てるのが、ゴシップ記事」

「そんなんボクらの喋ってること盗聴してみたらええんですわー!」

「うわあ大声で」

「本誌記者が潜入取材! 疑惑の人・Hさんに接近する新たな人物とは!」

「どこに潜入するんだ」

「今ここのマンホールの下ですわ」

「足もとか!」

「この下にパパラッチが!」

「踏め踏め」

「踏んだれ」

「これでもか」

「死にさらせえ」

「足が疲れてきたから今日のところは」

「これくらいで勘弁したるわ」

「いや仮定のハナシだった」

「ああそうでした、本気になったわ」

「なんの話だったっけ」

「いま暴かれるスキャンダル!二人の密談が明らかに!その会話とは!」

「ボケだったー」

「ツッコミやったー」

「たしかに、“漫才してました”じゃ、記事にならないなあ」

「そうです。だから普段どおりに話してたらいいんです」



「そしたら姐さんほんまにお気をつけて。さようならー」

「帰るな。しかも噴水の中に」

「この噴水、前に見たときと場所が変わってますわ」

「人が見ていない隙にじりじり移動したらしいね」

「嘘やん」

「こっちで見てほしいものがある、って話はどうなったの」

「ああ、それですわ!SL広場で立ち話しただけですべて忘れるところやった」

「キミの脳、“お笑い野”と“テーマパーク野”だけで構築されてるでしょう」

「いやいや、姐さんと遊ぶようになってから“飲み野”にもシワ、二、三本増えてきましたよ!」

「まさか脳みそツルツル!?」



「ボクをバカにしたらあきませんよ、今から姐さん驚いて見直すことになるんですから。・・あれ」

「なに自動改札で引っかかってるの」

「チャージ切れとるんかな、あれ?」

「さっき切符買ってたでしょう」

「こっちで“イコカ”出すと、まわりの人に微妙に薄笑いされますよね」

「あっちで“スイカ”出すと、まわり全員にすごい勢いでにらみつけられるわよ」

「ああー。改札にジョイポリスの入場券つっこんでましたわー!」

「いつでもどこでもテーマパーク気分!?」

「残ユニット、0・・。今回ジョイポイント、5・・。改札いれても増えてへん・・」

「読み上げてないで、はやく切符さがして!」



「西荻窪、なつかしいなあ」

「ボクも住み慣れてきました。いま住んでる部屋、となりの人がおもしろいんですわ」

「“ひっこし引っ越し!”ふとん叩いて歌うの?」

「いや姐さんちと違いますから! 昆虫学者さんなんですよう」

「研究者?」

「ハイ、つねに“白衣”ですわ」

「さすが学者」

「そしてつねに“ベレー帽”かぶってます」

「漫画家か」

「それでつねに“下駄”ですわ」

「バンカラ学生か!キャラクター混乱してるわ!」

「ご本人もおもしろい生物に出会う運があるようで」

「ああ、そういう能力ほんとの専門家には、不可欠かも。新発見したりするには」

「ふつう日本で発見されない種類の虫を、何度も自宅で捕獲した、言うんですわ」

「あのねえ。その人、もしかすると、めずらしい生物を自分の部屋で飼ってる?」

「はあ。いっぱいケージあって見たことない虫を、とりどりに」

「それ、ぜったい自分ちで新しい生態系が発生してる!」

「そうやろか、ボクも鼻から糸出して歩き回るかわいい蟻、つがいで貰うたんですけども」

「そんな意味不明の生物を!」

「ボルネオの林冠で捕獲された、まだ学名もついてへんやつやって言うてましたわ」

「それたぶん違法な輸入!」

「ええー。黒いから“くーちゃん”“ろーちゃん”名前つけたのに」

「愛でてるし」

「お砂糖あたえて育てましたら、・・増えまして」

「勝手に交配してる!」

「いま百匹ほどおるんかなあ、かわった形の新しいのがどんどん生まれてきますわ」

「うわあ!」



「はいー、こんな部屋なんですわ」

「ああ、こざっぱり、きれいにしてるわねえ」

「押入れの中はのぞかんでください」

「“サルマタケ”でも生えてるの」

「いや隣の学者さんに貰うて、ふしぎな色のキノコがあれこれと」

「貰ってくるな!」

「収穫して食べるとときどき意識がとびます」

「食べるな!」



「これがさっき言うた蟻」

「うわ、うじゃうじゃと」

「ね? それでこっちがクモ」

「・・ああー、あきらかに日本に生息しない感じの生物が」

「これは、ボクもなんやらわかりませんわ」

「・・・あたしも見てもわからない。脚が八本で羽根が?・・学会で発表すべき生物っぽい」

「なまえは“はっちゃん”にしましたわ」

「愛でるな!」

「こんな見たこともない生物そだててるボク、すごいですやろ!」

「・・ある意味。ある意味ほんとにすごい」



「ハイ、お茶ですわ」

「ありがとう。・・・うぐ?」

「ああ、健康のためにお茶に“黒酢”いれましたわ!」

「入れるな!」

「姐さんに長生きしてもらおう思いまして」

「よけいな気遣い、いらないわ!」

「こう、両手かざして祈祷して“ニシ君パワー”も入れときました!」

「死期、近づいた感じする」



「で、あたしに見てほしいものってなんなの」

「ハイ、ボクの部屋、すごいもん出るんですよう」

「となりの学者さんか」

「ちゃいます」

「ニシ君がもうひとり」

「ちゃうて!・・・“まっくろくろすけ”なんですわ!」

「あの、トトロに出てくる?」

「はあ。姐さんならヘンなもんと相性よさそうでしょう、正体わかるんやないかと」

「ヘンで悪かったわね、でも本当に?」

「ここに越した時から、よく床の上ころころ走っていくの見たんですわ」

「妖怪屋敷か」

「それで、押し入れ上の天袋、あけてみたらもう、いっぱい、いてて・・」

「生息地帯!?」

「それで、天袋をそうっと」

「閉めて」

「“いっさい見なかったフリ”して暮らしてます」

「心臓、強いんだか弱いんだか」

「姐さんちょっと覗いてみてくださいよ」

「わかった。踏み台にする椅子かして」



「なんや半笑いで降りてきましたね」

「いた」

「ね!ほんまでしょう!」

「キミ、詳しく見てみたことないんでしょう」

「やって、夢の生き物ですやん」

「夢こわして悪いけど、あれ、そこのケージの蟻のなかまが逃げて繁殖したやつ」

「ええ!」

「たぶん隣の学者さんちから逃げて増えたんでしょう。キナバルクロバボルネオアリ」

「蟻なんですか!」

「頭部の嚢から糸を出して巣を作って、それに乗って個体移動するタイプの熱帯雨林系の蟻」

「ええ、そうなんや」

「ほこりに汚れて糸の繭が黒くなってるのね、本体は蟻」

「ああー、ほっとするやらがっかりするやら」

「土地モンのシロアリと攻防くり広げてた。絶滅する前に救ってあげたほうがいいんじゃない?」

「ああー、そうなんや。・・・妖怪や、なかった、ん、やー・・・」



「さあ駅前のアイリッシュパブに飲みに来ましたよ、乾杯」

「ああ、黒ビールですね」

「元気ないなあ。蟻じゃなくて妖怪だったほうがよかったんだ」

「やって。夢ありますやん」

「となりにマッドな学者がいておかしな生物繁殖してるだけで、じゅうぶん夢あると思う」

「そういうのと違いますねん!お化けやら妖怪やらがええんですねん!」

「怖いほうがいいの」

「ハイ。怖いもん大好きや」

「ああ、じゃあこれ」

「なんです、この小っさいメカ」

「天袋に仕掛けられてた。盗聴器」

「盗聴器ー!?」

「ホコリかぶってなかったから新しいね」

「ええ、ボク盗聴されてたん!?」

「パパラッチじゃないの」

「いややあー!コワイコワイー!そういうのはいややー!」

「じゃあ、天袋に戻してそうっと閉めて、“いっさい見なかったフリ”しましょう」

「それもっとコワイー!」



「こんなん飲んでても盗撮されたりするんですかね」

「そしたらもう、セレブ気取りで」

「おつまみ半分こしてる貧乏セレブや」

「お金あったらあったで、それも大変そうだから」

「警備費だけで数億円や」

「ベッカムか」

「自宅まもるのに軍隊が必要ですわ」

「ニシ君ちはセキュリティは」

「鍵もかけてません」

「そういうことだから盗聴器を!」

「いや、生物兵器がありますから」

「ああー。蟻か」

「“悪い人が来たら追い払ってねえ”って、さっき出かける前お願いしておきました」

「蟻・・・じゃなくて、くろすけだったら何とかしてくれるかもしれないね」

「ハイ」

「そっち信じよう。怪しい蟻じゃなくて、かわいい妖怪」

「ハイ。・・“掃除と洗濯もしておいてねえ”とも、お願いしておきました」

「それは無理!」

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