漫才未満 final



「どうも、こんにちはー」

「はい、さようならー」

「いやいやいや、いきなり帰らんといて」

「さよならだけが人生だ」

「会うなりなに言いだします」

「会うは別れのはじめなり、って言うからねえ」

「そらそうかもしれませんが」

「なーみだくんサヨナラー」

「なんや歌うし」

「I say! バイ・バイ・哀愁でいと」

「なんで別れの歌を」

「もう♪終わり〜だね〜」

「いちいち古いし」

「いーつまでも〜たえる〜ことなく〜」

「? と、と〜もだちで〜いよう〜」

「いよう〜」

「合唱せんといて! なんです今日は」

「別れに〜星影の〜ワルツを歌おう〜」

「歌いません!」



「なんや暗いですよ、どうしました」

「・・・ちりぬべき時知りてこそ世の中の 花も花なれ人も人なれ」

「辞世の句!?」

「細川ガラシャだ」

「知らん!」

「死して屍ひろう者・・・なしっ!」

「なんでいちいちダークやねん、どないなっとんや」

「寂滅為楽、寂滅為楽」

「お経となえ始める!?」



「どうしました姐さん、なんやありました?」

「・・・日本シリーズ」

「ああ」

「どうよ、それ」

「姐さん阪神ファンやったんですか」

「今日のこの日にね」

「きのうロッテの優勝決まりましたね」

「こうして、梅田の駅前に立ってね」

「ああ、そらファンやったらキツイですわ」

「あそこに、ほら虎の着ぐるみかぶったオッサン」

「うわあ、いてるわ」

「さっきからずっと土下座してるのよ」

「ごっついトラキチなんですかねえ」

「なんであんなものを」

「はい、きっつい光景ですが」

「よりによって大阪で見てるのか、あたしは、と」

「たしかに東京にいてたら気分も違いますやろ」

「いつも通りに関東にいたらね」

「はい、いたらね」

「すぐさま千葉の駅前に飛んでって」

「はい?」

「列に並んで優勝記念のお菓子もらうのに」

「ロッテの!?」

「コアラのマーチ、もらいそびれた」

「欲しいんですかい!」

「お菓子、お菓子」

「姐さん野球はどうでもいいんでしょう!」



「しょうむない、お菓子もらえんで落ちこんでるんですか」

「だって特別な感じがしない?」

「ロッテ優勝パッケージのコアラのマーチですか」

「そういう限定モノに弱いの」

「アホっぽいです」

「たとえば、あの、おそうめん」

「ソーメン?」

「赤いのや緑のが混じってたりするでしょう」

「ああ、束の中にいっぽんずつありますわ」

「流しそうめんやった時に」

「するんや」

「意地になってそればっかり集めてねえ」

「うわあ」

「とり皿の中、ぜんぶ赤緑赤緑赤緑」

「気色わるいですわ」

「勝った気分で食べましたね」

「勝ってない勝ってない」

「・・・気持ち悪くなった」

「アホや」



「こないだリーグ優勝したときにはですねえ」

「プレミアリーグ?」

「ちゃうて、阪神がですよ」

「ああ、アルゼンチンリーグ」

「阪神言うてますやろ!」

「ブンデスリーグ」

「その名称ちがう!」

「リーグエスパニョーラ」

「姐さん欧州サッカーしか知らへんやん、セ・パとかわかりますか」

「セパタクロー」

「スポーツの種類がずれてます、野球ほんま知らへんねやろ」

「セ・リーグ」

「そうそう」

「背あぶら・リーグ」

「脂っこいわ!」

「セ・シ・ボン・リーグ?」

「なんでフランス語ですねん、セントラル・リーグですよ」

「へえー」

「ほんま知らんやん、パ・リーグは」

「パストラミ・リーグ!」

「豚肉から離れて」

「パリジャン・リーグ?」

「だからなんで肉とフランス系」

「パンツ丸見え・リーグ!?」

「あんたの好きなこと言ってどうするんです!」

「パンツー! パンツー! パン・ツー・丸・見え!」

「踊らんといて、パシフィック・リーグですから!」



「阪神がリーグ優勝した日には、もうそこらから六甲おろしの歌声が響いてきましねえ」

「みんな道頓堀にざぼーん、ざぼーん」

「いやダイブ禁止ですから。規制が厳しくておまわりさん、ずらー、立ってましたし」

「それでも橋の金網をよじのぼるニシ君」

「いや、してませんて」

「止められるもんなら止めてみろ! 叫んでカーネルサンダース道連れにダイブ」

「それ“カーネルおじさんの呪い”言うて、その後ずっと阪神勝てんようになりますから」

「じゃあ“五香粉6ピースチキンセット”抱えてダイブ」

「ふつうに食べたいですわ」

「じゃあ、“35周年記念ありがとうパック12ピース”」

「どうしてもケンタッキー?」

「川に油膜がギラリと」

「環境破壊ですわ」

「“さくさくリンゴのシブースト”もつけますよ」

「デザートつけても解決になってへん」



「駅前で暗い歌やら肉のハナシやらしててもラチあきません、どこか行きましょう」

「ガンダーラとか」

「今からシルクロード向かうつもりですか!」

「新幹線でこっち来るとね、名古屋あたりで窓から見えるのよ」

「ガンダーラが!?」

「山あいに建ってる、“ホテル・ガンダーラ”」

「それたぶんラブホですよ」

「そこに行けばどんな夢もかなうという」

「えらい限定された夢です」

「どうしたら行けるのだろう」

「新幹線やん」

「教えてほしい」

「“みどりの窓口”行け!」



「なんや足早に東通商店街を抜けてしまいましたが」

「ナンパされたわね」

「はい、お互いに」

「すれ違いざま、“ねえちゃん茶ぁせぇへん”言われました」

「えらいショボくれたおっさんでしたけど」

「復員兵の亡霊かと思いました」

「ぎりぎりホームレスさんですわ」

「そんな人にナンパされるあたくし」

「ご愁傷様です」

「ニシ君は、これからご出勤風情のおねいさまに」

「髪、どっ金髪でくりくり巻いてはりましたわ」

「紫色のヒョウ柄スーツがまた素敵で」

「えらい年季の入ったおミズさんでしたね」

「“いやっ!ボク今から付き合わへん?”とか言われてた」

「ボクらふたり連れで歩いてるように見えないんでしょうか」

「どっちか幻影なのかも」

「怖っ!」

「何人連れでも、いちおうナンパしてみる街なのかも」

「とりあえず礼儀として」

「イタリアみたいなところだ」

「姐さんイタリア行ったことあるんですか」

「いや、“まるでイタリア”なら」

「なんですそれは」

「そういう名前のイタ飯屋」

「イタ飯屋だけにイタいです」

「イタリアンの料理人も板さんていうのかな」

「花板さんとかもいるかもしれません」

「フィオーレ・板さん」

「華麗ですわ」

「包丁一本さらしに巻いて〜」

「月の法善寺横町を、イタリア人シェフが」

「“ア〜ル・デンテ!”、言いながらね」

「なにが茹で上がったんです」

「ソフト麺」

「給食!?」

「ケチャップ味のミートソース」

「安っぽいですわ!」

「デザートは、“さくさくリンゴのシブースト”」

「それさっきから食べたいんですね」



「はいー、そんなわけでケンタッキー来ましたー」

「関西でもケンタはケンタなの」

「なんのハナシです」

「マクドナルドは関東ではマック、こっちではマクドでしょう」

「ああ」

「ケンタももしや“んタッキー”とか呼ぶのでは」

「言いにくいわ!」

「“フライドチキン食おうゼ!”とか言うのも」

「はい」

「こっちでは、“フラチン食おうぜ!”」

「言いません!」

「ロッテリアも」

「今こっち、店早うに閉めてますわ」

「ああ、阪神ファンが猟銃で襲撃するからねえ」

「いや、そこまでせんけど」

「手榴弾なげこむ程度で」

「せんて!」

「夜闇に紛れてパラシュート降下」

「特殊部隊か!」

「関東ではふつうにロッテリア、言うけど」

「こっちかてそうです」

「いや、“テリア食おうぜ!”“テリアうまいよな!”」

「犬食うてどうするんです!」

「“えびバーガー”は“ビバくれや、ビバ”とか言って」

「略しません!」



「“esse”っていう雑誌あるでしょう」

「ああ、はい。イーエスエスイー、エッセ♪ていう、あれですね」

「関西ではCMソングが違うと聞いた」

「どんな」

「ディーエスエスイー、でっせ♪」

「なんですそれは!」



「なんや今回、姐さん関西と関東のちがいにこだわってません?」

「そうね、これからこっちに住む初心者としては」

「ええ!」

「大阪駅近辺で家を探してる」

「ちょ、ちょっと待ってください姐さん、なんでまた、そんな」

「“QUIN”っていうモデルクラブは知ってる?」

「知ってるもなにも、世界最高峰レベルのエージェンシーですやん!」

「そこの、クインジャパン・大阪オフィス」

「ああはい、有名ですわ」

「東京オフィスに何度か履歴書出したんだけど、難しくてねえ」

「ええと、それはモデルとして?」

「もう引退したあとよ、トレーナーの仕事が欲しくって」

「クインジャパンやったら超一流です、そら引退した人みんな狙うでしょう」

「で、大阪オフィスにきのう面接行ってみたの」

「それでこっち来たはるんですか」

「トップオブザワールドな皆さんが群れ集う面接会場で」

「うわ、緊張する場面ですやん!」

「・・・つい、この調子でぺらぺら喋くってしまいましたー」

「このノリで!?」

「そしたら、大阪の社長さんが膝をたたいて」

「はい」

「“キミ関東のワリにおもしろい!”」

「ええー!?」

「即決採用」

「しゃべくりで!?」

「この一年、キミと漫才してきてほんとうに良かった、と思った」

「ちょっと!」



「うわあ、そしたら姐さん、しゃべくりで採用されてクインの、トレーナーでこっち住みはって・・・」

「そう。驚いた?」

「驚きすぎて口からタマシイ出てますわ、しやって、ボクも・・・」

「どうしたの」

「じつは、東京のオフィスに出しといたプロフィール見てもらえて、来月からあっちに行って仕事することに・・」

「え」

「“クイン・ジャパン・トーキョー”在籍ですわ」

「いつのまに!」



「なーんや、入れ違い」

「家族はどうするの」

「え、カミサンは」

「うん」

「“大阪で生まれた女やさかい大阪の街はよう捨てん”言うてますわ」

「歌だし」

「もう、長いこと生き方やら価値観やら合わんようなってますし・・」

「そんな深刻な」

「これを機に、ちょっと離れて考えてみたいと思うてますわ」

「カンタンに決めないでね」

「はい」

「縁あって一緒になったんだから、少しのことで投げちゃダメ」

「姐さんに言われても困りますわ」

「じゃあ腹話術で」

「そんなんできるんですかい!」

『スコシノコトデナゲチャダメー』

「カーネルサンダースが喋った!?」



「今日、めずらしく飲みませんでしたね」

「しらふで喋った」

「それもおもろいですわ」

「“おもろい”イントネーションはこれでいい?」

「関西弁になるつもりですか!」

「ニシ君は東京弁がんばってね」

「いや、変えませんけど」

「じゃああたしもパリパリの江戸弁でいくわ」

「“てやんでい、べらぼうめ”とか言うんですか」

「そうそう」

「こっちのモデルさん引きますやろなー」

「いや、そこを漫才魂でどうにかする」

「漫才魂て」

「なにしろそれで採用された」

「・・・ほんま、何がどう転ぶかわかりませんね」

「半年前は思いもしなかったもの。上方進出なんてねえ」

「ボクも、東京進出なんて考えてませんでした」

「ニシ君と喋ってたら、こっちのムードが平気になった」

「ボクかて、東京にも姐さんみたいなヘンな人いるんやな、思たら緊張しなくなりました」

「ふしぎなご縁」

「ほんまです」

「じゃあ、またね」

「こんど西と東で反対反対ですけど」

「中間とって名古屋で飲むかー!」

「やっぱり飲むんですかい!」

「もう、関東も関西も自分の居場所よ」

「日本征服した気分」

「それは気が早い、新しい場所でがんがん活躍してやりましょう」

「ハイ。・・そしたら、また」

「これからも」

「遠距離漫才で!」
「遠距離漫才で!」


         <完>

                     
楽屋


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