ブロッコリー


 炊けた白飯をしゃもじでさっくり返して、空気を含ませながら温度を冷ます。

 弁当箱は何の飾りも仕切りもないタッパーウェア。一つが青で、一つが透明。二つ並べた中に、冷ましながら少しずつ白飯を詰めていく。ひとつの角を少し開けて、三角形の空間を作っておくことも忘れない。詰め終えたらその上に、細かくちぎった海苔を散らす。

 ブロッコリーの房を一口大に分け、茎の部分はかたい皮を向き、コロコロとした立方体に切り分ける。水につけて、房の中のごみや汚れを取る。耐熱皿にとってラップをかけ、電子レンジで二分加熱。蒸気をふいてしゅうしゅう言っているのを、ボウルに張った冷水の中にとる。これできれいな緑色になる。

 鍋に卵と砂糖と酒を入れ、直火にかけて炒る。菜箸で念入りにかき回し、細かな黄色い卵の粒粒を作る。湯せんにかけると仕上がりが全然違うと聞いたが、そこまで構うことはない。

 いり卵ができたら、弁当の海苔の上に敷き詰める。鍋が空いたら、葱を斜め切りにして入れ、焦げ目がつくまで素焼きにする。

 焼けた葱が柔らかく、甘くなる頃を見計らって、スーパーの惣菜売り場で買ってきたチキンを入れる。もう既に照り焼きにされ、薄くスライスされているもの。これぐらいの手抜きをしても、別にバチは当たらないだろう。

 鍋に料理酒を少し入れ、葱と照り焼きチキンが馴染むまで煮立てる。アルコールを飛ばしながら。

 煮えたら、火を止めて少し置いておく。あら熱を飛ばすのだ。

 ブロッコリーを水から引き上げて、水分を軽くしぼる。缶詰のコーンと、細切りにした赤ピーマンと合わせ、マヨネーズと塩コショウであえる。簡易サラダ。

 弁当の三角形に、ブロッコリーのサラダを詰める。マヨネーズが滲みても気にしない。照り焼きのタレとマヨネーズは相性がいいものだ。

 海苔卵ご飯の上に、葱と鶏の照り焼きを乗せる。タッパーの蓋でパタパタ扇いで、あらかたの熱が取れたら完成。蓋を閉める。

 透明の弁当箱の方を持って廊下に出る。ひやりと足に冷たいフローリング。スリッパを履く習慣は、妻と一緒にこの家を見捨てていってしまったようだ。

 玄関横の洋間のドア。いつもと変わらずきっちり閉ざされていて、中の気配は感じられない。ドアの下に作った、もとは猫用出入り口だった小さなはね上げ扉を使い、箸を乗せた弁当を押し込む。向こうは暗い。眠っているらしい。

 風呂に入ることにする。署から帰るなり弁当作りだったのだ。一息入れてリラックスする必要がある。

 熱めのシャワーを頭から浴びながら、私は小さな声でガムのCMソングを歌った。

 風呂から出て、洗った頭をごしごし乾かし終わると、いい具合に弁当が冷めて馴染んでいた。冷蔵庫から缶ビールを取り出す。思い出して、ペットボトルのジャスミン茶も取り出す。

 娘の部屋の前に行き、猫の扉からジャスミン茶を押し込んだ。中の電気がついている。

 私は部屋の外、廊下に腰を下ろし、壁に背中を凭せかけた。缶ビールのプルトップを引き起こす。

 湯上りの体に冷たいものが心地よい。ごくりと労働の報酬を喉にすべらせ、小さく息をつく。弁当を開ける。
 思ったよりもうまく出来ていた。珍しいことだ。飯と海苔と卵と照り焼きの混合体を口に入れ、しみじみと噛みしめる。

 私は壁に凭れたまま自分で作った弁当を食べ続ける。中で、おそらく娘も同じものを食べている。毎日この瞬間、どこか言葉を越えた部分を通して、自分が何者なのかを感じることができる。

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