のどかに死す
こないだ死んだんですよ。
ちょっとびっくりしました。
特筆すべき体験ってわけじゃないんですよね。だって誰しも死ぬものですし。
でも、自分の中ではけっこう大きい出来事かな。出生と同じぐらいはね。
だからちょっと喋っていいですか。
はあ。よく、ぼんやりしてるって言われます。
でもねえ、うちのかあさんに言いたいんですけど、病院でも警察でも葬式でも、「あの子がぼんやりしてるから」って、そんなに何度も何度も強調することないじゃないですか。
ぼく、いちおう被害者なんだけどな。
そうですね、事故ですね。
事故ってああいうものなんですね。
うーん、ぼくは自転車をよけただけですよ。
うちから一番近い交差点でね、ぼくはコンビニにマンガを買いに行くところでした。いつも読んでる週刊誌です。発売日だったんで。
そうか、結局ぼく、そのマンガ買えなかったし、もう読めないんですね。わっ、なんか悲しくなってきました。残念です。
で、楽しみにしてる連載の続きのことを考えながら横断歩道を渡って、信号がぴかぴかしてるから急がなきゃあ、って思ったとき、横から自転車が来たんですね。ママチャリです。乗ってたの、学校の制服来た女の子じゃなかったかな。
その人を通すために、ちょっと後ろに下がったと思います。
気がついたら、顔中がざらざらしてました。
アスファルトの車道って、ものすごくでこぼこしてるんですね。砂利の道なんかよりもっと。ぜんぜん知らなかったです。
ぼく、鼻がないでしょう。トラックに跳ね飛ばされて、顔から道に突っ込んだときに、ざらざらの地面ですりおろしちゃったらしいんです。あと、右の頬からこめかみにかけても、ちょっとなくなりました。
一瞬、目を開けてみたような気がするけれど、それはないでしょうね。たぶん記憶違いです。
ざらざらの粒が顔に熱く、なんかぼく、焼けた? と思った次の瞬間、ものすごい音が耳の奥で鳴った感じがして、あとはわからなくなりました。
その次はたぶん病院です。全身がめろめろにしびれてました。痛い、とかじゃなくて、右半身ぜんぶが切り落としたいぐらいだるくて、いやな感じなんです。不穏なものが始まってる感がありました。
頭の奥のすごく小さい部分で、ナンダァなんだぁ? と言っている自分がいて、お前こそ何なんだ、と大きい自分は思いました。と、小さい自分が拡大して、大きい自分が縮んだのかな、どっちかわかりませんが。とにかく、一瞬でぴたっ、と重なりました。ぼくは肉体を持って、そこに横たわってました。
それからそれが始まりました。
あの感じ、他にないですよねえ。いや、もしかして生まれるときとか、おかあさんが赤ちゃん産むときはあんな感じなのかな。
むっ、と自分の中のどこかから圧迫感が生まれて、急速にどんどん大きくなっていくんです。ああ、あれ無ですね。なんだかシャレ言っちゃった。その無がどんどん大きく成長してきて、うわー、これじゃ自分のいるところがなくって押しつぶされちゃうよ……と思ったら、なんというか、
毛穴から大玉ころがしの玉を押し出すような感じ?
うわあーって思っているうちに、出ました。出たところはやたらに真っ白でした。こんなに白くすることないじゃん、って最初イヤでしたが。
今は慣れてきて、死後をエンジョイしてます。ぼく、向いてたみたいです。死に。
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