Peaky Cheeky


 おれの深夜は百パーセントクリーン。

 乱痴気騒ぎも酸っぱい血液も狩りもぜんぶ地上に置いてきた。ビルの屋上、施錠をこじあけて登りつめ、ひょうひょう吹き飛び雲散切る風の中ですっぱだかになるのはいい気分だ。

 コンクリにひっくり返って、おれは星を見る。大気圏のむこうを見る。
 ミネラルウォーターを口に注ぎ、こぼれるのを構わず注ぎ込み、はては体中にびしゃびしゃとふり回し掛ける。禊だ。

 底抜けに黒い空に散り散りと、冷たい光の群れ。ニュートリノがぷつぷつと降ってきておれを貫通し彼方に抜けていく。

 どこからやって来たんだったか、一瞬だけ考える。すぐあきらめる。気がついたらこの街の底にいて、切れたまなじりで四方を睨みながら不健康で非文化的な最低限の生活を送っていたんだった。

 どこに行くのか。これも一瞬だけ考えて、すぐに破りとって丸めて捨てた。ぽいぽいと破棄。自分に決定権がかけらでもあるのならば、とっくにそうしている。おれは暗い濁流を流れていくごみ屑の一つに過ぎない。

 下にいれば、汚染激しい河の流れもそんなに気にならない。漂う生活は楽だ。血液を甘くしたり酸っぱくしたり。その場限りの天使と遊んでしのいでいける。壊すものはたくさんある。呆れたことに、壊されたがってこの街に来る人間もたくさんいるのだ。この国のどこかには、壊れる自由もない地方がたくさんあるらしい。

 夏でよかった、見ているうちに藍色に煙ってきた夜空に向かって言う。甘く熟れる匂い。街そのものがとろりと発酵しかかっている。夏はエネルギーが無限に空から降ってくる。受けとめて暴れればいい。冬はそうはいかない。

 二月の霙の夜明け、団地の階段でシャーベットになりかかったことがあった。きんきんに冷えた階段の内側から骨を伝ってくる冷気。かっぱらった軍隊コートの裾を折り重ねても尻が凍る。耳鳴り。ちかちか青い蛍光灯。窓の外の寒波の轟き。
 寝たら死ぬ、明快な真理が頭上にぶら下がっている。ダモクレスの剣。おれは昼間万引きした賢者の石とかいう文庫本を開き、かっきり目を開いて活字を追っかけていた。
 脳の奥でぶうん、という音がして、おれはまどろみが急接近したのを知る。活字がぼやける。あぶない。目が動かない。おれはまぶたに力を入れて無理やりまばたきした。

 ぱしゃん。

 文庫本のページの上に、薄いうすい透明なかけらが落ちて、おれは肝が震えた。しゃり、と鳴る氷片。目玉に氷が張ったんだ。
 あの時は驚きのあまり、思わず一句詠んでしまったんだったな、とおれは思い出す。人間て混乱すると何をやりだすかわからない。朝まで団地の階段をひたすらジョギングしたっけ。

 夏でよかった、もう一度言い、おれははずみをつけて起き上がる。何度かジャンプする。屋上の端まで賭けていって、手すりの上に腰をかけた。鳥のようにとまった。

 ごうごうと風はおれを攻め立て、地上へのダイブを迫る。おれは無視して脚をばたつかせ、地平まで染め上げるネオンと、サーチライトの群れを眺める。その上の赤黒い空。もっと上空の、澄んだ深い闇。きらきらぼし。

 星の歌を歌いながらおれは、見えないものが頭のてっぺんに降りてくるのを感じた。髪の毛の一本がアンテナになって、北極星まで突き立った感じ。夏のエネルギーと冬の死がきれいに混じりあったものが、つたう雫のようにおれに降り、しみこんでいく。

 そこに見つかったものがあった。どんなものかは説明が難しい。

 字を、どんどん書いていけば、いつかそれを誰かに伝えられるかもしれない、と、おれは思ったんだ。

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