捻転老人日記

　わしゃ秩序を何よりも重んじる。

　わしゃ食パンは必ず五枚切りじゃ。食パンは四角。頭のふくらんだ福禄さんみたいなおかしげな食パンは好かん。四角に限る。
　わしゃパンには味噌汁と野菜炒めじゃ。

　わしゃ毎日決まった時間にテレビを観る。そのためにテレビの案内の本を買うておる。それを熟読して観る番組にはひとつひとつ赤鉛筆でマルをつけておる。それだのに野球の延長やら臨時ニュースやらでいちいち放送の時間が変わる。その度にわしゃ憤怒しておる。

　先日なぞ御城下あたりでいきなり地面が割れて水が噴き出してその水柱の高さたるや地上百ミートルにもなんなん、なぞと言うのでわしゃ慌てて眼鏡を取り出してかけてテレビのニュースをずっと観ておったが、ありゃ面白いもんで、湧いてきた水の中に鰐の子がうようよおって皆そのうち水柱に吹き飛ばされてぼとぼとと歩道に落ちよる。ぜんまい掛けたようにシャーッ、と走って二、三ミートルもよう行かんうちにあきらめてしまうのか、ぴたっ、と止まったまま口開けて片足あげたまま置物みたようにいごかなくなってしまうのが、面白うて面白うて。そんなん二時間観てたら大河ドラマ見逃した。

　なんで二時間も水柱の中継をしよるのか、とわしゃ憤激。テレビの奴といい下水道に鰐の子を捨てる奴といい世の中には秩序というものが足らん。

　わしゃ時計はデヂタルが良い。針時計はいつの間にか止まっておったり逆にいごいておったりして秩序というものがない。そのぶんデヂタルはきちきち進むから見ていて気分が良い。腕時計も目覚ましも食堂の時計もみんなデヂタルにした。二、三分ばかりの違いはあってもみな大体同じぐらいの時刻をさしているから信用できる。

　わしゃ火事場見物には手ぬぐいタオルを持って行く。もうせんに近所の風呂屋が燃えとるいうんで慌てて駆けつけたら、燃えとるも燃えとるでごうごう煙が出てぱちぱち火の粉やら火の玉やらが飛んでくる。壁板の一枚に火がついたまま、凧みたようにごおっと風に煽られ夜空に舞い上がった時には、見物人がいっせいに拍手をしたもんじゃ。ありゃ面白い火事じゃったが威勢良く燃えすぎて、見ていたこちらが煤まみれじゃ。どろぼうが灰かきしたみたいな格好になって、気づかんと米屋の前あたりを歩いておったら、馴染みの巡査が職務質問してきよった。怒鳴りつけたった。誰やと思たんじゃコラ。巡査泡くって、すんません苫米地のおジイちゃんでしたかなんて謝っておったがの。本当に巡査のくせして秩序のない奴じゃ。以来わしゃ火事場に行く時は手ぬぐいタオルを持参する。

　わしゃエクレールを食う時は必ずリプトンのレモンテイーじゃ。
　わしゃカシミア百パーセント。

　わしゃバアさんの仏壇には若いころの一番きれいな写真を飾っとる。つけまつ毛をして真っ赤な唇を突き出しウインクしとる。バアさんもわしと同じく見栄っ張りじゃったから喜んどるはずじゃ。写真の縁は黒いのは陰気くさいから黄色い花とワンワンと風船の柄の大きいのを買ってきた。線香も辛気臭いのは嫌じゃからムスク、とかいう三角形の紫色した奴を燃しとる。最近の若造どもは秩序がないから仏壇もよう拝まん。

　わしゃ子供は親を大事にするべきじゃと思う。バチあたりな小僧どもは見栄っ張りな親は嫌いじゃとぬかしてパリやらロンドンやら上海やらに行ってしまった。お前らこそ見栄っ張りじゃアホ・ボケ・カス。アホ・ボケ・カス言う親は嫌いじゃとぬかして娘は勝手に縊れて死におった。そんな秩序のない奴は仏壇にも入れてやらん。

　わしゃ秩序じゃ。秩序はそのそれ、城の塀みたいなもんなのでわしゃちと寂しい。