リーマン未満



「あら、イマノ君」

「あっ隣のオフィスの。ヒガシさんではないですか」

「イマノ君もこの電車だったんだ」

「はい。偶然ですね」

「・・・意外だなあ」

「なにがですか」

「イマノ君て、いつもきりっと端正で上品だから」

「え」

「正座して“お座敷列車”しか乗らないのかと思ってた」

「なんでしょうかそれは!」



「隣、席があいたからどうぞ」

「はい、では失礼してお隣に掛けさせて頂きます」

「こう、電車に乗って前の座席をみてね」

「くつろぐのですね」

「メガネの人が二人並んでたりすると気持ち盛り上がります」

「なんででしょうか」

「あと一人!あと一人来たら」

「は、あと一人並んだら?」

「“スリー・メガネ”!」

「・・・何のゲームなのでしょう、それは」

「わりと横続きに並ぶのよ」

「はあ、そう言えば前のかたがた、四人並んでメガネのご乗客様ですね」

「あと一人!あと一人!」

「五人になったらどうなるのですか」

「“メガネ・フラッシュ”!」

「どうしてそうなるのです!」

「フラッシュで親の総勝ちですよ」

「いえ、それは揃って何かいいことがあるのですか」

「いや、おもむろにこう、カバン開いてごそごそ探して」

「はあ」

「わたしもメガネをかける」

「それだけですか!」



「しょうもないことやってらっしゃるんですねえ」

「電車で目の前の乗客さん、心の中でイジるのは基本ですよ」

「困った乗客ですねえ」

「今もホラ、スーツのご紳士がお二人」

「立ってらっしゃいますが、それが何なんでしょう」

「ふたつ並んだものを見ると漫才に見えてくるという・・・」

「そんな失礼な。聞こえるじゃないですか」

「部長のほうがボケね」

「いえ部長って、勝手に決めたらだめでしょう」

「資材課長のほうがツッコミ」

「だから勝手に役職きめないでください」

「そう心で決めて、そっと会話を聴いてると」

「小鳥の声に耳をすますような顔しないでください」

「“あの部署ね”“ハイ山崎君の”“年俸、アレするみたいね”“ああ、ねー”という何気ない会話もね」

「だから盗み聞きが聞こえますから!失礼なことやめましょう!」

「珠玉の漫才に、聴こえて、くるんだね」

「いえまったく聴こえません」

「では珠玉のオペラに」

「ぜんぜん聴こえません」

「資材課長がコントラルトで♪アー・アー・トリスタンよ〜ォォ〜♪」

「建設部長がバスで♪オー・オー・イゾルデェェェ〜♪」

「建設会社なのか!」

「なに人のボケで納得してるんです!うっかりネタにつられたではないですか!」



「ヒガシさんはお昼など、どこで食事しているのですか」

「そりゃもう立ちソバか牛丼屋」

「・・おじさんみたいですね」

「今日は並盛りにギョク付き。おしんこセットで」

「そのスーツ姿で牛丼をがつがつですか」

「いや、玉付きって高貴な感じでしょ」

「生タマゴのどこが高貴なんです」

「ギョクと言えば」

「はあ」

「玉音放送」

「なんですかいきなり!」

「玉音放送を知らないかなあ、最近の若者は終戦の日のこともおぼえてないから困る」

「うちの親すら生まれてませんから!」

「玉音と言えば天皇陛下であらせられます」

「はあ」

「・・陛下に、おしんこセットを賜り・・・」

「なに意味わかんないことを重々しく!そんなもん誰も拝受いたしませんよ!」

「おお、イマノ君、謙譲語の使い方が正しい!」

「おかしなポイントで褒めないでください!」



「いや最近、おかしな言葉遣いが多いでしょう」

「は、確かに社内でも新人の敬語の使い方に教育を苦心いたします」

「“この書類でよろしかったですかー”」

「なぜ過去形にするのか!と思いますよね」

「“こちら次回のアポイントメントも取れましてございますのでー”」

「ら抜き言葉、ゆるせないですよね!」

「うん。国語“5”と見た」

「当然です。美しい日本語は大切です」

「では次の問題ー」

「は?」

「次の文章を正しい敬語謙譲語尊敬語美化語に直せ!」

「え、テストなんでしょうか!?」

「“すいませんトイレは外とかになりますのでお客様チケットの半券をお出しになると再入館のお手続きを申し上げますけど”」

「長っ!」

「まちがいを五秒以内に答えよ!ちっちっちっちっ」

「は、早!ええと“すみません”は“申し訳ございません”で・・・」

「チーン!アウツ!」

「アウツ、っていうのも何だか間違いっぽい言葉です」

「残念!賞品のおこめ券5000円分は次週のリスナーに!」

「ラジオのクイズですか!なんでおこめ券なんです!」

「正解は、わかる?」

「ええ、“申し訳ございませんお手洗いは館の外になりますのでお客様がお持ちのチケットの
半券をご提示くださいましたら再入館の手続きをさせて頂きます”ですね」

「ブー」

「違うんですか!」

「正解は“なんやあー便所かあーワレー早よー券出さんかいーコラーおんどれ血判おしたるわー”だ」

「最悪じゃないですか!」



「もうちょっとマジメな話をしませんか」

「じゃあドイツ語で」

「なんでドイツ語ですか!」

「ハーベンジーデンツーク?」

「うわあ、なんて言ったのですか」

「“あなたは・電車を・持っていますか”」

「持ちませんよそんなもの!ドイツ語でボケないでください!」



「そろそろ周りの皆さん笑い噛み殺し始めてますよ、マヌケな会話やめましょう」

「まじめに喋ってるんだけどなあ」

「いえナチュラルにボケ倒していらっしゃいますよ」

「こないだ、たらちねの友だちに会ってね」

「普通の会話にいきなり“たらちねの”って枕詞、混ぜないでください」

「いま臨月の、妊婦の友だちだからたらちねだ」

「せめて生まれてから言いましょうよ」

「電車で立ってるのはきついでしょう、って言ったら」

「それはみなさんが席をお譲りするべきですね」

「座ると二度と立てないからむしろ座らない、と」

「たくましい妊婦さんですね」

「ここで産んじゃうぞおー!」

「うわわ、そんな乗客全員立会い出産まずいです!早く産院に!」

「もう、いきんじゃってハッハーフー、ハッハッフー」

「ラマーズ法はじめてますね」

「もう乗客の皆さんも、“早くお湯をタライに!”“ありったけの毛布をもってこい!”」

「ヒューマンドラマ展開してますが、電車に、タライありませんから!」

「お客様の中に産婆さんはいらっしゃいませんかー!」

「飛行機みたいに」

「サンバダンサーならいます!」

「いても、しょうがないです」

「では、お客様の中に丹波さんはいらっしゃいませんかー!」

「亡くなってます!

「では、占い師さんはいらっしゃいませんかー!」

「なんで!」

「はいいます」

「そんな素朴に手をあげない!どうするんですか」

「生まれる、生まれない、生まれる、生まれない・・・」

「“花占い”始めないで!乙女みたいに花びらちぎってどうするんです」

「生ま・・・れるっ!!」

「うわあ」

「オギャー」

「わあ、生命誕生!」

「みんな大拍手ですよ」

「いや、そもそも電車の中で、出産はいかがなものでしょう」

「命名・・・“電車”」

「赤ん坊の名前がですか!ありえないです!」



「あのですね、電車の中でこんなこと言ってるからそろそろ・・」

「降りるか」

「まだです!じゃなくて、あの人とか笑いこらえて赤い顔になっておられます!」

「青い顔になるよりマシでしょう」

「それはそうですが」

「肝硬変で黄疸でて黄色い顔、とか」

「赤、青、黄、って。信号ですか!」

「なにしろ“おうだん”歩道!」

「うわっハナシ落として、うわ、どう、わああ車内がバカ受けに!拍手が!」

「ありがとーごーざいましたー」

「キレイにシメないでください!」



「いま降りるとき、女子高生に“サインください”って声かけられました」

「うわ、芸人と間違えられて!」

「“辻漫才?これからデビュー?応援するヨ☆”って」

「ヒガシさんはもうあきらめて芸人めざしたらいかがでしょう」

「サイン、ったって芸名考えてなかったから」

「サインしたんですか!?」

「思わず、“横山やすレ・きよレ”と・・・」

「やすレって何ですか!コンビにされてますし!」

「尊敬するやすし師匠から一文字いただいた」

「逆!一文字ウソ書いただけですし!」

「じゃあ、行こうかきよレ」

「うわあ呼ばれてる、わかりましたよ!やすレ!」



 (とりあえず完)

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