17・地球の子
春がきた。
気のはやい桜は、終業式の前にもはや咲きはじめてしまった。これじゃ、入学式にはちってしまう。新入生ががっかりしないよう、がんばって持ちこたえてくれるといいんだけれど。
クラスでは、みんながサイン帳にメッセージを書きあっている。永遠のわかれみたいな感動的なせりふを書く子もいる。つぎも同じクラスになるかもしれないのに、なんだかおおげさだ。
先生にはサイン帳ではなく、四角いしきしになにか書いてもらうことが流行しているようだ。コバ先生も、どっさりしきしを渡されて、スターになったようだとご満悦だ。
あたしは、サイン帳は回さなかった。理貴ちゃんも、どうやらそういうことには興味がないようだった。
あたしたちは、さいきん例の暗号は使っていない。けっこうなんでも、ずけずけと訊いてしまう。答えたくなければ、そう言うし、答えにくいことなら、なるべくがんばって説明するようにこころみる。
暗号でわざわざ距離をつくらなくても、人と人とはもともと離れているということに、あたしたちは気づいてしまったのだ。
それをごまかそうとして、目をとじてぴったりくっつけば、しばらくは夢が見られる。でも、そのままでいようとしすぎると、どこかに苦しい裂け目が生じてしまう。取りつくろうためには、まるで自分たち以外の世界が存在しないかのように、とじこもって生きなければならない。
ひとりとひとり。別人であること。
それを認めたとき、あたしたちは、もっとちゃんと相手のことが知りたくなると思うのだ。
サイン帳はどうでもよかったあたしたちだが、コバ先生にはしきしをお願いすることにした。いったい何を書くか、興味があったからだ。
終業式の日、先生がまじめくさって渡してくれたしきしには、こう書いてあった。
あたしのには、
「進め、進め、地球の子。」
と、丸四角い大きな文字で書いてあった。
理貴ちゃんのには、
「いつまでもまつもとでいてください」
と、ひらがなで書いてあった。ふたりして首をひねる。まったくもって、よくわからない先生だ。
二年生になったら、きっと担任の先生は変わるだろう。理貴ちゃんとも、べつべつのクラスになるかもしれない。でもあたしはかまわない。コバ先生に会いたくなったら、サムライたこ焼きをのぞきに行けばいい。理貴ちゃんはおとなりに住んでいる。
いつかあたしたちも、離れていくことがあるだろう。卒業したり、この場所をさっていったり。進めば、いつか離れるのだ。
だけど、相手のことをちゃんと知っていたら、離れっぱなしにはならない。また会いたくなって、きっとさがし出す。あたしたちはさがし出すことの名人だから、あんまり心配していない。
もしもおとなになって、まだ理貴ちゃんとなかよしでいられたら。
あたしたちは、となりあった家を建てるだろう。ぴったりくっつけるのではなく、家と家のあいだには、細いきれいな小川が流れているのだ。そこには、そぼくでかわいい橋がひとつ、かかっている。
理貴ちゃんに会いたくなったら、玄関をあけて、小さな竹の橋をわたって、おとなりの家をたずねるのだ。ちゃんとノックしよう。
理貴ちゃんと、理貴ちゃんの家族が顔を出すだろう。
「なにを考えてるの?」
歩きながら、理貴ちゃんがそう訊いた。
「地球の未来」
あたしはそう答えた。
終業式のあと。あたしたちは、一年分のにもつをかかえて、ぷらぷらと商店街を通りぬけている。
ゆれるように。踊るように。ウクレレの音色にあわせて、なるべくゆっくり。
さくら色にけむる春の歩道。
ながれる音楽につつまれて、あたしたちは、ゆるい坂道をいっしょに進んでいく。
(了)
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