しょっぱい経験


わたしには変てこな体験が異常に多い。
思い出すだに、困り笑いしながら後ずさりしたくなるほど多い。
自分で自分に引いてしまう。

時々ふらりと鑑定依頼をくれる知人がいるのだが、彼の自主申告は「自分は、変わった人に出会う確率がものすごく高い」とのことだ。
はじめて彼のホロスコープを書き出してみたとき、わたしは思わずうなった。
貴君のホロスコープ、おもしろすぎる。
太陽、月、水星、火星、金星、という、個人の資質を表わすといっても良さそうな主要な惑星がぜんぶ、双子座にあるのだ。
すべて微妙に重なって、いわゆる「合」の状態を作り出している。
なんなんですか、超双子座人間ですか。
かなり濃いキャラであろう。変わった体験が多いのもなんとなくうなずける。

そう言うと、彼はするどい返答を返してきた。
「そういう星の配置の人を、私以外に見たことはありますか?」
う、うむ。そうですね、あります。
一人だけ。

それはこのわたし。

わたしのホロスコープは、太陽、月、水星、金星、木星、天王星、冥王星がすべて乙女座に入っている。
基本的な十個の惑星のうち、七つが乙女座マークなのだ。
超々乙女座人間である。
濃すぎる。変てこな人であることも納得できるというものだ。

そう言うと、即座に返された。
「やっぱりそうですか」
なんですと。

ちなみに双子座も乙女座も水星支配の星座なので、このやりとりは超水星人間どうしの丁々発止ということになる。
水星。知性と神経と言語と学習とコミュニケーションの星。
速い早いはやい。お互い、落ち着きのないこと疾風の如し。

さて、ヘンな体験が多いことを星のせいにして責任転嫁をして、奇天烈バナでも始めよう。
毎度思うことだが、昔おなじことをすでに書いているかもしれないが、忘れたふりしてよろしくお願いします。


「三軒茶屋・紙袋少女」

かるく十五年ばかり前のことである。
その日わたしは何をする、というわけでもなく、下北沢から三軒茶屋につづく通りをぷらぷら歩いていた。
ひまで貧乏な若造時代である。
秋晴れのお天気が気色良いなあ、とか、街行く人のファッションが楽しいなあ、とか、平和なことを思いながら歩を進めていたところ。
不意に近辺の空気がシュールになった。
なんでしょう? ときょろきょろすると、通りを歩く人が皆ビミョーに視線を宙にさまよわせている。
ん? と前方を見ると、ああ日常をばっさり破壊する三人連れ。
固い顔をした厳しそうなお婆さん。
生活に疲れた後れ毛が哀愁にじませるお母さん。
その、二人に両側から手をつながれて、十歳ばかりの女の子がてこてこ歩いてくる。
ごく尋常な服装だが、頭部が非日常であった。
茶色い紙の袋を、すっぽりと頭にかぶっているのだ。
目のところに、ふたつ破ったような穴が開いている。
エ、エレファントマン……の、仮装……?
三人は、速度をゆるめずに通りをこちらに進んできて、張りつめた空気をただよわせたまますれ違って遠ざかっていった。
断言するが、ふざけていたわけではなさそうだった。
真剣だった。
わたし含めた通行人はみんな気をのまれ、突っ込むことも茶化すこともできずにただプチ恐怖を感じつつ、
黙って前に向かって歩いていく他なかったのであった。


「東中野・赤いイカ」

子どもの頃住んでいた家での話である。
中高生の頃のわたしは、部屋に造りつけの棚の上にマットレスを敷いて無理やりベッドとし、プチドラえもん気分を楽しみつつ日々就寝していた。
ある日。
なんとなく直敷き布団の気分だった。気分だけで動く夢見がち人間ここにあり。
で、マットレスをずるずる床に移動させて、おお今日はおふとんだ! と喜んでラジカセで音楽とか聴きながら眠ったわけである。
深夜。
だしぬけにイヤな感じで目が覚めた。ばちっ、と揺り起こされたような気分。
なんだ? と目をあけて見たところ、目前が真っ赤。
ああ、赤いなー。と普通に思った。
そっか、今日は床に布団を敷いてみたんだっけ……。と思いながら、部屋の状態をねぼけた脳内でシミュレーション。
赤いものなんて、何かあったか。
考えるだに思い出せない。
目をばしばしして、右を下に寝ていた体勢から視線をめぐらせる。
いつものグリーンのじゅうたん。奥にベージュの木製の棚。
その手前、視線の先30センチほどのところに赤いもの。
そっと上に目線をずらした。
赤い、ひたすら真紅な赤い物体。
ずずずと円筒形の赤いものが床から生えて、上は三角。足のないイカのようなかたち。50センチほどの高さ。
どっ、と心臓がすごく重たく鳴った。
なんだろう。こんなもの、絶対に寝る前には置いてなかった。
もう一度、かすみかける目を見張って赤いイカ状物体を見た。
いや、これ意味不明だし。
わたしはイカの後方をそっと見た。
高さ、15センチほど。人型の、でも人を模したものではない奇妙なもの。
鯖のような色合いで、うねうね隆起する紡錘形で構築されたような人体チックなものが、目に相当する部分を黄色く光らせながらそっと立っている。
ウルトラマンに出てくるメフィラス星人に、ちょっと似ている。
それを見た瞬間、はっきり音を立てて心臓がどっどっどっどっと鳴り出した。
わからない、何だかわからないけど普通じゃない、対処できない。
わたしは、そおぉ、っと布団を持ち上げて頭まですっぽりかぶった。ゆっくり、反対側に寝返りをうつ。
どっどっどっどっどっ。心臓がもうものすごい。
心拍にあわせて体が浮き上がるぐらい異様な恐怖。
なんだ、あれ? ナニが起こってるんだ、今?
もう駄目だった。冷静になればなるほど危険信号が突き上げてきて、どうにもならない。
3、2、1、0!
わたしは自分にカウントして勢いよく布団から起き上がった。足がもつれてどう、といっぺん倒れる。
もがくようにして抜け出して、扉をぐわああ! と乱暴に開き、ほぼ四つんばいに近い状態で冷たい廊下を駆けて駆けて、弟が寝ている部屋に飛び込んだ。
ぐっすり寝ている枕もとに座り込み、膝を抱えてがたがたがたがた震える。
汗と涙が口に流れ込んで塩からい。
そのまま、無言で夜明けまで震えていた。
朝の光がカーテンを染め、外をここここ、などといって車が走りすぎ、世間が当たり前の日常な朝になってきた頃、
わたしはようやく勇気を取り戻して自分の部屋を見にいった。
寝乱れ放り出された布団。
枕もとにはもちろん、赤いものなんて何もありゃしないのだった。
夢か。
ねぼけていたのだと、ぜひぜひぜひぜひ思いたい。

「下北沢・通り魔」

その日下北沢のはずれ、緑道公園で、わたしはJと喧嘩した。
くだらないこと。言い方がきついとか態度がむかつくとか、若造友人どうしの意地のはり合いだ。
カッとしたわたしは掛けていたベンチから立ち、とっととそこを離脱して大通りに逃げた。
もう、くっだらない。どうしようもない。ちょっと頭を冷やそう。
イライラして煙草が吸いたくなったが、ライターの石が切れていた。
大通りを駅の方に歩き、ライターを売っている店がないのでよけいにイライラし、途中で細道に入ってまた公園の方に引き返し始めた。
ヤマザキパン、コンビニめいた一軒の店を見つけ、わたしは怒りに支配されたままわき目も振らずに店に入っていく。
レジでライターを購入し、ようやく人間らしい落ち着きを取り戻してわたしは周囲を見た。
ありゃ。なんだこれは。
店員がやたらそわそわしているとは感じていたのだ。
よく見ると、て言うか見えなかったほうがどうかしているのだが、
通路に学ランを着た男子学生が横たわり、顔に血のしみたタオルを当てて呻いている。
その横にひざまずいた同じ制服の学生が、これも鼻から血をたらたら流しながら懸命に介抱をしている。
なんでしょう? と思うまもなく、入り口から警官隊がどどどどと突入してきた。
学生に話を聞きながら、無線でちくちく外部と指令を飛ばしあっている。
あれま、事件? 先週も下北沢に来たときに銀行強盗とニアミスしちゃったけど……物騒だな。
どうやら通り魔であった。
男子ふたりが店の前の通りを通行中、向かいから歩いてきた男がいきなり理由もなく殴りかかり、傷害のあげく逃走したらしいんである。
倒れている男子が、苦しい息の下からその模様を切実に語った。
店を出よう、にも、警官隊に阻まれて動くこともできないわたしはぼけっとしてその聴取の様子を眺めていた。
「犯人は身長170センチ位の男、黒い上着に黒いズボン、短髪、駅の方に逃走」
それ今のわたしにけっこう近いデータだ。つかまらなくてよかった。いちおう女性に見えてよかった。
大丈夫か、と友人に声を掛け続けるひざまずき男子に、警官が声を掛ける。
「キミも出血しているな。殴られたのかね?」
「え、えーと、これは……」
なぜか口ごもる男子学生。
「なんだね? 被害に遭ったのなら調書を……」
「あのう、あのう……。これは、ボク、さっきカレー食べ過ぎて、鼻血出しちゃったんです!」
ぎゃふん。
警官隊も、ケンカでいきり立っていたわたしも、倒れている被害者男子ですら、思わず失笑してしまいました。ぎゃふん。

まだまだへんちくりんな話のストックはありますが、人格を疑われる前に本日はこれにて逃走。ジュワッ(ウルトラマンと化してメフィラス星人を倒しに行く)。

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