ハトの恩返し。


前回、どうにもすさんだ話を書いてしまったので、今回はなるべく、イイ話方面に話題を持っていきたいものである。
とは言え、迷走ぶりもはなはだしい、わたくしの愚者人生。
そうそう毎日、心暖まる清らかなトピックが多発しているわけでもない。
なので、思い出話となる。
いつものことであるが、過去の話を書こうとすると、「あら?これ以前にも書かなかったっけ…」と、たちまち不安になってくる。
長年にわたってこのコラムを書き飛ばしている上に、過去ログなし、自分で読み返すことすらいっさいしない、というネグレクト的ありさまなので、本当にこれまで何を書いたのかきちんとおぼえていないのだ。
無責任なことだ。ご無体なことだ。
実に申しわけないですよ。
というわけで、前にも乗せた話をまた書いてしまうかもしれませぬ。
その場合、記憶の良いお方は、「これ前に読んだよ!」「て、言うか微妙にハナシ変わってるよ!」などとツッコミまくり、
「だからダメなんだなあ、ほんとうにこの人は愚者だ愚者だ…」と罵倒することで、ストレス解消等に役立てて頂きたい所存。

閑話休題。

あれは遠い昔、わたしが某中国雑貨店で働いていたときのこと。
基本的に店員は若いバイト生であり、どっちかっていうと勤怠についてルーズな、言い過ぎてしまうと人生全般に関してある意味ルーズな、そのような人が多かった。
はっきり言えばわたしがそうだった。
なにしろ、そこの店長も店員もおなじバンド仲間の友達であり、同じ町内のほんの目と鼻の先に住んでいたのだ。
朝、ダルダルと起きてきて、店長のアパートまでにょとにょろと這って行き、「わり、寝坊した、先行ってタイムカード押しといて〜」「もう、しょうがないなあ三上くんはぁ」という情けないノリで生きていたのだ。
遅刻大魔王、さぼりの天才、略してさぼてんである。
困ったものである。
そんな脱力ムードに本社側は怒り、きびしい「遅刻禁止令」が発布されることとなった。
開店20分前までに出勤することが大変に望ましい。
オープン時刻の午前10時を過ぎてから出勤するなんてもってのほか。
10時までにぜったい、ぜったい、ぜったい出勤。
一秒でも過ぎたらもちろん遅刻。
遅刻二回で、即クビ。
タイムカードの代理打刻は、一回でもやったら即クビ。
わーお。
あたしら貧乏なアパート住まいのバイト生です。だしぬけにクビったら、おそらく飢えますし。
わたしなんか家出中ですから、家賃払えなくなったらマジでホームレスですし。
シャレにならない状況の中、わたしは自分のたるい心身に「遅刻厳禁!早寝早起き!健康第一!」と檄を飛ばさねばならなかった。

ところが、こういう時に限っていやなシンクロニシティなどが起こるものでして、目覚まし時計の電池が切れたため寝坊し、わたしはいきなり一失点をやらかしてしまった。
残り一回。一度でも遅刻したらアウトである。
店のみんなに、「三上くん、やばくなーい?大丈夫ー?」と心配されながら、ひやひやライフを送っていたのであった。

そしてある朝。
睡眠不足に負けず、「とりゃー」と起きたわたしは、急いで朝食代わりの煙草を一本吸いヒョウ柄のジャケットに着替えて山高帽をかぶり(若造ってほんと無茶だ)、悲しみの安アパートを飛び出した。
職場のある街まで電車で二駅(なのに遅刻するとは、これ如何に)。
小田急線に乗って、順調に駅に着き、大通りに出て早足で歩き始めたところ…。
ばさっ。ばさばさばさっ。
「うわー!」
びっくりした。びびった。口開けたまま立ち止まる。
ふつう誰でもびっくりすると思うが、わたしの頭の上に、ハトが墜落してきたのだ。
ハトはわたしをかすめて地上に落ち、ばさばさと苦しそうにもがいた。
怪我をしているのか、飛べないらしいのだ。
羽根をばさばささせても、飛び立てずにその場で旋回してしまっている。
「まあ、ハト」
「おっ、怪我してるんかな、大変ですな」
「かわいそう」
あっけに取られているわたしのまわりに、いつの間にか人だかりができてしまった。
通りすがりのオバちゃんやおとうさんやおねえさんが、口々にわいわい言いながら集まってくる。
わたしはリアクションに困り、また群集の迫力にも押されて、思わず帽子を脱ぎ(シャッポをぬぐというやつか)、その中にハトを入れて抱き上げた。
その瞬間、何となくわたしがハトの責任者というか、生命の与奪権があるというか、そんな雰囲気になってしまったのだ。
(おいおい、遅刻してしまう、どうにかしてくれ…て、わたしもそもそも何をやっているんだ)
困惑するわたしをよそに、ハトは帽子の中が気に入ったのか、くるっくー、くるっくー、などと鳴いている。
「動物病院に連れて行きますか」
「ハトは診ないんじゃないですかね」
「保健所ですか」
「そうしたら処分されてしまうのと違いますか」
群集は勝手にがやがや話し合っている。
ここでハトをうち捨てて、仕事に走っていくことができなさそうなムードとなってしまった。
やむなく、わたしはハトを抱えたまま公衆電話のボックスに入り、電話帳を見て、動物なんとかセンターとか、暮らしの110番とか、そんな感じのところに電話をかけまくった。
結果としてつかんだ情報は、「その辺の交番に持っていきなさい」とのなげやりアドバイス。
その旨を群衆に告げると、皆なんだか一様にほっとした顔をした。
ほっとしないのはわたしである。
電話をかけている間に、とっくに出勤時刻は過ぎてしまった。
遅刻イコール即解雇、もうどうにでもなりやがれ!な気分である。
ハトはくるっぽー、と嬉しげに鳴いている。
どこまでもつきあってやるさ、という捨て鉢な気持ちで、ハトを帽子に内蔵したままうやうやしく掲げ、交番に向かって歩き出すわたし。
なんだか知らないが、群集もぞろぞろとついてくる。
「なんだなんだ」と言いながら、訳もわからずに列にくっついてきてしまう通行人までいる。
何やってんのんなあ、わしはー、と、ため息をつきながら交番に入り、事情を説明した。
あきらかに迷惑そうな、うさんくさそうな顔の警官。
「交番から鳥獣センターに連絡すれば、保護しに来てくれるとのことなので」
ハトを渡そうとすると、警官は気持ち悪そうに身を引いた。
仕方ないので、帽子に入れたまま渡した。
さらば、わたしのお気に入りのシャッポー。
交番から出てくると、見守っていた群衆がよかったよかったとうなずいて、三々五々散っていった。
ひとりのおばあさんがわたしに言った。
「あんた若いのにエライねえ、善行を積んだから、きっといいことあるよ」
そうっすかー!わーい!・・・つうか、オレたぶん今日クビなんすけどー。
ややグレながら、とぼとぼと、それでもやむなく仕事先に向かった。
店のある、ファッションビルの従業員出入り口にたどりつき、腕時計を見る。
10時を10分近くももオーバーしている。
むしろ潔いほどの遅刻っぷりだ。
あーあ、と思いながら入り口を通り、タイムカードを打刻しようとした。
!!!
針が…時計の針が止まっている。
タイムカードの時計の分針が、9時55分のところでチッ、チッ、と進み渋っているのだ。
どはー!
わたしは慌ててタイムカードを押した。かしゃっ。
「9:55」
しっかりと刻印された数字をわたしはあほのように眺めたのであった。
本社側はタイムカードで出勤をチェックするのみである。
これは、バレない。
最上階のフロアにある店に入ると、店長と同僚が焦りのあまり、地団太を踏みながら待っていた。
「三上くんクビ?クビなの!?」
「いやあ、それが…」
訳を話すと大笑いされ、「ハトの恩返しだー!」と叫ばれたのであった。
めでたし、めでたし。
くるっぽー。

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