聖家族  および後ろから刺されるということ


 なにか面倒なことがあるとすかさず欽ちゃん走りで横に逃げる、という最低の生き方をしてきたため 気がつくとまともに生活も立てられなくなり へべれけの坂道を転げ落ちて参りました。

 ホームレスと易者は三日やったらやめられないと申します。幸いホームレスの方は約半年で卒業できましたが タロット占い師の方はトータル八年ばかりの長丁場になっております。
 もはや一生占い師でしょう。本当は石油王になりたいのですが。

 変わった仕事をしているせいか 頭の線が切れているせいか よく不思議なものごとに遭遇いたします。通り魔とニアミスしようと 枕もとに赤いイカが立っていようと 友人がアポーツを行なおうと 下北沢で向かいから頭に紙袋をすっぽり被った女の子が両手をお母さんとお婆さんにつかまれて「囚われた宇宙人」状態で歩いてこようと あまり驚かずに冷静にその場駆け足するだけです。

 しかし 昨夜ある友人から電話で「父が三上に会いたいと言っている」と告げられたときには さすがに驚いて小さく前へならえをいたしました。なんとなれば。

 友人の御尊父は高名かつ孤高の芸術家であらせられます。

 そして 末期癌です。

 そして 余命一週間の宣告を受けています。

 一度もお会いしたことはありません。

 速攻でウイと応じたわたくしは翌日 なけなしの二百円で「花材屋本日のサービス薔薇花束」を購入し 聖ヨハネホスピスに向かいました。主に徒歩で。

 友人の御尊父とわたくしは 一点においてのみかかわりがありました。占いの依頼をお受けしたことがあったのでございます。
 告知を受け 尊厳死を選び 苦しみのさなかにあった時だと記憶いたします。占いの結果を柔軟に 興味深く受け止めてくださった様でした。

 ホスピスでお会いした御尊父は 透き通らんばかりの御身体に威厳を湛え モルヒネの静謐の奥に慈愛をにじませていらっしゃいました。
 献身的な看護を続ける令夫人と二人のお嬢様とミッフィーちゃんのぬいぐるみに囲まれて横たわり にこにこ明るく明るく太陽のようにお話ししてくださいました。

 人生で三度だけ 占いに関わることがあったと。赤ん坊の自分を抱いて歩いていた母が易者に呼び止められ その子は大物になると告げられたこと。学生の頃造った作品を知人の家に置いていたら 知人が易者にそれはすごい物だから大切にしなさいと言われたこと。
 そして今回 もし自分の母親が生きていたら 三上に占わせよと言っただろうと思い タロット占いを依頼したということ。

 細い細い指でさし示された向かいの壁には 御母堂のお写真が飾られていました。
 その優しい上品な御婦人には見覚えが。今日ここに来る途中で道に迷っておいおい泣いていたわたくしを案内してくださった和服の女性に違いないというのはもちろんツクリですが 粗忽なアウトローに過ぎないわたくしは 聖家族に囲まれて言葉もありませんでした。

 わたくしは 植物人間を4年やっていた母を 十回ぐらいしか見舞いに行かなかった凶悪・劣悪・最低のゲス野郎でございます。そんなわたくしに御尊父がかけられた御言葉は

「占いをありがとう。あなたは人助けをしたよ」

 恥じ入って頭掻いて帰ってきちゃいました。

 わたくしの書きつけたことばの或るものは いと高き魂が最期に通る道の辺の小石のひとつとなった、かも、しれません。

 しかしこのイヤ〜な詩集に書きつけられたことばの120%(当社比)は 単なる悪口雑言にすぎず いずれ「コラ貴様なんじゃアノけったいなクサレポエムは見たら胸ワルうなって折角食うたトンカツ吐いてもたわ。死ね」と後ろから刺される運命に今決定。

 では地球の皆さんお元気で。このニチニチ粉砕マシーンを実体化させてくださったハラダジャンク師に感謝と愛と日々のごはんを捧げます。

  1999 10 13 三上零

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